「歩けなくなっちゃいました」
うちの会社の事務員で、ちゃんとちゃんとの学校のメンバーでもある佳子さんから連絡がありました。
病院で診てもらったところ足首の骨に数か所ヒビが入っていたらしく、なんとか松葉杖をつきながら出社してくれたみたいです。

ただラッシュ時の満員電車や乗り換えが不安だったようで、佳子さんは自宅に帰ることをあきらめ、会社に数日間も寝泊まりして業務を続けてくれていたようです。
それはさすがに大変じゃないかと、ガチの帰宅難民を救出すべく車で自宅まで送ることにしたんですが、後部座席に乗るだけでも大変で、松葉杖を使いながら何とか乗り込んだ佳子さんは、いつかのチリの炭鉱から救出された作業員のような感じがしました「身体が不自由な方の気持ちが身に染みて分かりました」と力説していました。
生きていくことは、経験しないと分からないことだらけなんだと思います。
『 図書館 』
清水ミチコの『ホルムズ海峡冬景色』を見ながら、こうやって世界は変わっていくんだなぁと感じる日々を過ごしています。
絵が少しづつ変わっていくのに気がつかないアハ体験のようで、いつの間にやら大事なものが消えているような感覚です。

2月の半ばあたりだったと思います。
「100歳図書館そろそろやってもいい時期かなぁと思います」
と幸田さんからLINEがきました。この人のことだから何か理由があってのことだろうと思いながら、久しぶりにじっくり話しました。
「なんかあったの?」
「世の中が変わってきて、なんとなくやっておかないといけない気がして、うまく言えないんですが」
なるほど、たしかになんとなくわかる気がします。
「あと、図書館ってすごいですよね」
「すごい?、図書館が?」
「図書館は本を借りたり、勉強したりするだけの場所だと思っていたんですけど、もっと意味がある場所だったみたいです。」そう言いながら『図書館の自由に関する宣言』の話をしてくれました。

図書館に行くと額に入れて掲げられている「図書館の自由に関する宣言」を見ることが出来ます。
1954年に日本図書館協会の総会で採択されたこの宣言は、戦前の図書館が政府による国民への思想統制の一翼を担い国民の「知る自由」を妨げてしまったこと、その反省から生まれた宣言のようです。
「図書館の自由に関する宣言」
「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする」
第1 図書館は資料収集の自由を有する
第2 図書館は資料提供の自由を有する
第3 図書館は利用者の秘密を守る
第4 図書館はすべての検閲に反対する
「図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る」
「すごいでしょ?とがってると思いません?」
“とがってる”とはこの人にとっては、かなりの褒め言葉です。
そう言われてみると図書館の見方が変わってきました。図書館は本を借りるだけではなく、自由を守ってくれる場所でもあったようです。

経済状況、年齢、立場に関係なく誰でも本が読めたり、本を読まなくても膨大な数の本が並ぶ本棚の前に立つだけでも、世界には異なる文化や考え方があることを考えさせられたりします。シンプルで分かりやすい一つの考えで強制的に物事を決めていくことの異常さも考えさせられます。
以前に映画にもなった『図書館戦争』では、「メディア良化法」という法によって言論統制が行われている日本が描かれています。問題があるとされた書籍は発売禁止になり図書館からも排除されていきます。また検閲に反対する人たちへの弾圧も厳しさを増していきました。そんな時代に言論の自由や図書館を守るために戦う図書隊が活躍する物語ですが、今見ると違った見え方がする気がします。

古くは奈良時代からあったのではないかといわれる図書館は、長い歴史の時々でじわじわと押し寄せてくる圧力みたいな力に対して、静かに抵抗する象徴みたいな存在だったのかもしれません。
『 レジリエンス 』
日本で評価されて世界的に広まったとされている『夜と霧』はオーストリアの精神科医、ビクトール・フランクルがナチスの強制収容所に収容された2年半の話です。

アウシュヴィッツに連行された人々はまずそこで労働力として使えるかどうかで選別され、労働力として価値がないと判断された多くの人はここで殺されます。
残った者はというと、まともな食事も与えられない状態で一日中過酷な肉体労働を強いられます。過酷な環境の中、日常的な暴力と働けなくなると殺されるという日々が続くと人間は感情がなくなるんだそうです。心に蓋をすることで自分がこれ以上傷つかないようにする為の防御本能なんだそうです。

希望を失い自殺する人、人の食料を盗む人もいれば、そんな状況でも人をいたわったり、自分の食料を分け与えたりする人もいるという事を著者は目の当たりにします。
最悪の状況でも生き残った人や、希望を失わなかった人の特徴は、自分自身の中で”生きていく意味”を見つけることが出来た人でした。生きていく意味は与えられるものではなく自分で探すしかないということを、痛いほど感じる名著です。
“人生”という友人がいるとして、人生が自分に何をやってくれるのかと期待するだけではうまくいかない、逆に”人生”という友人から期待されていると考えると、希望がなくても友人のためにできることを探すのかもしれません。
待っている子供の為に、やり残した仕事の為に、それぞれの生きていく意味を見つけた人たちがいて、著者は無事に帰った後に大きな会場でこの体験を語る、この苦しみはそのための調査だと思ってつらい日々を過ごしたそうです。

そんな強制収容所という極限状態において誰が生き残り、誰が絶望に屈したか、人は希望が無くなったときにどうやって生きていくのか、などを精神科医の視点で分析した『夜と霧』ですが、英語版は『Man’s Search For Meaning』(生きる意味を探す)という題名です。
そして『夜と霧』は、物質が圧力を受けても元の形に戻る「弾性」を指す言葉が語源で、近頃よく耳にする「レジリエンス」(逆境を乗り越えて成長する力)の原点になる一冊といわれています。
“生きていく意味を探す” なんて言われると、重いなぁと、難しいなぁと感じますが、老年学の先生が言われていた言葉をふと思いだしました。
「生きがい」という言葉は日本にしかないんだそうです。
「生きていてよかった」と思える喜びや価値を指す日本独自の概念ですが、それは直訳が難しいようです、そう考えると日本人には生きていく意味を探すのがちょっとだけ得意なのかもしれません。

簡単に手に入る偽物ばっかりある時代に、生きがいを探すのは簡単ではありませんし、偉そうに言える立場でもないですが、100歳図書館でお話を聞かせてもらった方々との対話にはキラキラと”生きがい”がちりばめられていた気がします。
こんな不安定で不透明な時代だからこそ人生の経験は価値があるんだと改めて思います。久しくやっていない100歳図書館ですが、いま本を開くとまた違ったページを見せてくれる気がします。
最後に早く佳子さんが良くなりますように
あと関係ないですが龍之介くんが選ばれますように
























