『 雨晴 』

18歳の頃の自分へのメッセージを送るとしたら、なんて送るのだろうか?

届くはずもないメッセージを考えるというのもおかしな話ですが、いざ考えてみるとすると、過去の自分に言っておきたいことは、ひとつやふたつはある気がします。

さんまさんの番組で、76歳の秋元秀夫さんという方が18歳の自分に対してビデオメッセージを送っているという場面がありました。

「お前は勤め先で知り合った、顔の小ちゃい可愛いハナちゃんと付き合うことになるぞ!

あんまりモテないお前は、こんな俺なんかっていう事で結婚を迷うけど、思い立ったらすぐいけよ!

何故ならハナちゃんは2年後に病気で亡くなるんだ

お前は凄く後悔し悲しんで、ずっと忘られなくなる

だから76歳になった今でも独身のままだ!

だから秀夫、俺の代わりに伝えておいてくれ!

俺の人生の中で一番愛していたのがハナちゃんだ!

そして、最も好きだったのがハナちゃんだ!

ハナちゃん愛してるよ!」

見ず知らずの76歳の男性の、52年前の自分へのメッセージなんですが、何度見ても泣きそうになります。

 

『 タイムマシン 』

あのとき、言っておけば良かった言葉や、あのとき別の道を選んでおけば良かったという分かれ道とか、そんな後悔は誰にでもあると思います。

1905年、お笑い芸人じゃないアインシュタインは速く動くほど時間の流れが遅くなったり空間が縮んだりするという特殊相対性理論を発表しました。

宇宙論・一般相対性理論を研究する二間瀬(ふたませ)敏史・京都産業大学理学部教授の朝日新聞DIGITALの記事にこんなことが書いてありました。

例えば光速に近い速さの宇宙船に乗れたとしたら、時間の流れの速さが7分の1になります。

そんな宇宙船で1年間の宇宙旅行に出かけたとすると、地球に帰ってきた頃には地球では7年が経っていて、つまり未来に行くことになります。

地球の周りをぐるぐる回るGPS衛星は、高度約2万キロの上空を秒速約4キロのスピードで飛んでいて、地上よりも1日あたり100万分の7秒ゆっくり時間が流れているんだそうです。そのため補正する調整がしてあったりするようです。

また新幹線も時速300キロで東京から博多に移動すると、時間が10億分の1秒だけ遅れるようです。つまり新幹線は10億分の1秒だけ先の未来に行けるタイムマシンなんだそうです。

普通の人よりは新幹線に乗るほうなのでテンションが上がりました、10億分の1くらいですが。

ただバックトゥザ・フューチャーのデロリアンみたいに、思い通りに過去や未来に行くことは難しいみたいです。

 

『 クライオニクス 』

クライオニクスとは、液体窒素を使って超低温で人体を冷凍する技術で、いまの医療では治らない病気を、未来に医療が進歩したときに蘇生して治療しようという、人体冷凍保存です。

2016年、がんで亡くなったイギリスの14歳の少女がこのクライオニクスをするというニュースがありました。またこれは違法ではないのかという問題になったことも合わせて話題になりました。

国によっては違法になることもあるというクライオニクスですが、現在この少女はアメリカのミシガン州にある-196度の低温保持装置の中で眠っているようです。

何百年先なのか、あるいはもっと先なのかも分からない頃に彼女が目覚める時が来たら、どんな未来がそこにあるんだろう。

長生きの時代といっても、人によって与えられた人生の時間は違います。

誰しもやり残したことや、伝えておきたかったことはあるのだと思います。進化する科学技術によってそんな想いも少しずつ減っていくのかもしれません。

 

個人的にはタイムマシンで過去に戻りたいとか、カチンコチンに冷凍されるよりは、あのときああしておけばよかったなぁと言っている生き方のほうが好きだなぁと思います。後悔がない人生なんてつまらない。

 

『 雨晴 』

先週、富山の氷見に行きました。

高岡からガラガラの1両編成の電車に乗ると右手には海が見えます。

氷見の手前に「雨晴」(あまはらし)という駅があって、そこから見る海は絶景でした。海に浮かぶように見える雪化粧した高山は、誰かに伝えたくなる、なんだか異次元の景色でした。

万葉集や松尾芭蕉の『おくのほそ道』にも登場するこの「雨晴」は、源義経が奥州へ逃げるときに雨宿りした場所だとも言われています。この海岸で雨の晴れるのを待ったという、それが地名の「雨晴(あまはらし)」の由来となっているんだそうです。

はるか昔から、色々な時代でこの景色を見た人達がいたのだろうと思うと大きな時間の流れを感じます。

平和な時代もそうじゃない時代も、ずっと変わらない景色がそこにあることは、人間のちっぽけさと生きている時間はあっという間なんだと考えさせられます。

ここ2〜3年は、コロナのボディーブローのような雨が続いていて、止んだと思ったら、また降りだしたり、なかなか雨が止まない時間が続いています。

もうそろそろ雨宿りはいいから、晴れたらいいなぁ、久しぶりに。

 

『 そこらじゅう 』

どうやら2022年になりました。

 

昔に比べてお正月らしい雰囲気が少なくなったような気がして、好きでもないお餅を食べました。あんなに嫌だったお正月も無いよりはあったほうがいいように感じる、どうやらそんな歳になったようです。

昨年の大晦日にはちゃんとちゃんとの学校のバロンドーラー、岡山の星島美子さんからいただいた世界一美味しいイチゴをごちそうになりました。

2019年の年末に開催した『ちゃんとちゃんとの学校の学園祭』にわざわざ参加いただいた星島さんと、手伝いに来ていた当時中学3年生だった私の息子がたまたま仲良くさせていただくようになり、それ以来その恩恵を受けさせていただいています。

 

『 今年は… 』

今年はサッカーのワールドカップが開催されます。もしかしたら日本代表も出場できるかもしれない今年の大会は初めての中東、カタールでの開催になります。

カタールはアラビア半島にある国で、サウジアラビアの右側にちょこっとくっ付いているような形で、面積は秋田県くらいの小さな国です。

石油プラントのおかげで世界一裕福な国として取り上げられたこともあるカタールは学費、医療費、電気代、水道代、電話代はすべて無料で、所得税も消費税もないというから驚きです。

なんてうらやましい。

ちなみにイスラム教徒の国なので基本的にアルコール、豚肉がダメなんだそうです、これはうらやましくない。

カタールはほとんどが砂漠です。5月〜9月頃は気温が50度近くになることもあるようなので、通常6月〜7月に行われるワールドカップですが、11月〜12月にかけての開催に変更されました。

人口に占める65歳以上の方の割合を高齢化率といいますが、2019年のカタールの高齢化率は1.5%、人口のほとんどが海外からの出稼ぎで成り立っている国ならではの数字ですが、日本の高齢化率が29.1%ですから、それを考えると、やはりすごいと思います。

 

『 ヤングケアラー 』

本来は大人がやるべき家事や家族の世話などを日常的にする子どもを、「ヤングケアラー」と呼びます。

昨年4月に発表された国の実態調査によると、中学生の17人に1人がこのヤングケアラーになるとのことでした。

1日平均4時間もの時間を食事の準備や洗濯、保育園などの送迎、祖父母の介護や見守りなどに費やしているようです。

その結果として自分の時間が取れない、勉強の時間が取れない、睡眠時間が十分に取れない、などの問題が出てきており、また7割近い中学生はそのことを人に相談したこともないということでした。

 

 

わたしが間違っていなければ、今年で7年目になるこのちゃんとちゃんとの学校はシニア支援プロジェクトとしてスタートしました。

そしてあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、自分たちにできるシニア支援のかたちを探してきました。

要介護の予防、自立支援、病気の予防、そして認知症に対する考え方、またシニア世代の方が中心になって生み出していく新しい価値観、そして誰かに支えられながら生きていくことも大切な時代なんだということ。

そんなことをちゃんとちゃんとの学校を通じて学んできた気がします。

そして今思うのはシニア支援はシニアだけの問題ではなく、誰かの人生は誰かの人生に必ずつながっているということです。

誰もが元気で長生きであればいいですが、病気になったり身の回りのことが出来なくなり介護が必要になったり、様々なことが起こる、それが長生きの時代です。

ヤングケアラーのことを考えるとますますシニア支援は全ての世代に関わる問題だと痛感します。

 

神奈川県の藤沢にある小規模多機能ホームぐるんとびーの代表を務める菅原健介さんのTwitterを見てハッとしました。

写真には高齢の女性の手に小さな手をちょこんと乗せる赤ちゃんの姿がありました。(*この写真ではありません。)

「この小さな手がどんな専門性よりも大きな力を発揮することもある

人が人をケアする中では専門性は一つのツールでしかない」

この投稿を見ると、カタチにこだわる必要はないというか、シニア支援もシニア支援に関わる人だけでやることではないんだと改めて考えさせられました。

「シニア支援」という言葉を出した瞬間から、人によってはどうしても人ごとに思ってしまうことがあります。そして「シニア支援」と言ってしまえば伝わりやすい代わりにそれ以上に拡がらない、そんな気がします。 

 

今年の抱負なんて言ったことも言う気もないですが、シニア支援と宣言するよりも自分たちが面白いと思うことをやりながら、結果としてそれがシニア支援につながるようなことができたら、誰にでもできるシニア支援ができたら素晴らしいなぁと思っています。

そしてそういうものはそこらじゅうにあるのかもしれません。

 

 

冒頭にご紹介した星島さんは、現在ご病気と闘いながらも、畑の草むしりをしたり、持ち前の明るさで周囲の皆さんを元気にしながら暮らしていらっしゃるようです。

時々星島さんと電話でお話をすることがあります。元気づけようと思っていてもいつのまにか逆に励まされています、そして星島さんみたいになりたいなぁとお話をするたびに思います。

「東京に行ったときにあんたの息子が私の手のひらを見て言ったんだよ『おばあちゃんは150まで生きるよ』って、だからその言葉を信じて頑張って元気になるよ。」

星島さんに聞くまで2人の間にそんな会話があったことも全く知りませんでした。

かたちにこだわらず、まだまだできることはあるのかもしれないと思いました、そこらじゅうに。

 

 

『 TMT 』

大阪駅から少し歩いたところに露天神社(つゆのてんじんじゃ)があります。

元禄16年(1703年)にこの神社で心中事件がありました。

堂島新地の遊郭の遊女「お初」と、醤油屋の手代(てだい)「徳兵衛」は訳あって一緒になれない2人でした。ならば死んで添い遂げようと心中した。

この実際にあった心中事件を題材に、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」を書きました。

その「露天神社」はヒロインの名前「お初」にちなんで「お初天神」と呼ばれるようになったようです。

そんなお初天神のすぐそばに大好きな居酒屋さんがあります。

お初天神から続く細い路地を通ると古びた小さな看板があります、狭くて急な階段を上ったところにその店があります。

よく行くバーの店長からのお勧めで知ったこの店は、コロナの前までは年末にお邪魔していました。美味しい料理と日本酒と、なによりその店の雰囲気が他には無いお店です。

コロナも落ち着いたので久しぶりに行ってみるかと電話をしましたが、なかなか繋がらない。

おかしいなぁとググってみたら1ヶ月前にその辺りで「計10棟、約360平方メートルが燃える火災があったが、けが人はいなかった。」というニュースを見つけました。

恐る恐るそのニュース動画を見るとそのお店の場所に近い。急いで紹介してくれたバーの人に聞いたところ全焼したということを知りました。

その店で過ごした楽しかった時間まで燃えてしまった気がして、悲しくてやりきれない気持ちになりました。

子どもの頃に、姫路にいるカメラ屋さんをしている従姉妹の家が燃えたことがありました。燃えさかる家の前になすすべもなく立ち尽くす、その隣で従姉妹はこんなに泣くんだというくらい泣いてました。

とにかく悲しいなぁ、お店の方々も大変だろうなぁ、あの鯖サンドまた食べたいなぁ。

悲しいことはだいたい突然くるもんです、準備なんてしてないから余計に悲しい、なんとかならないものかといつも思う。

 

『 TMT 』

TMTとは『30m望遠鏡』(Thirty Meter Telescope)の略称です。

このTMTはレンズの口径が30メートルもある史上最大の地上望遠鏡で、アメリカ、 カナダ、 中国 、インド、日本の5か国共同でハワイのマウナケア山頂に建設中です。

このとんでもないデカさの望遠鏡が注目されている理由は、宇宙が誕生した起源がわかるのではないかと言われているからです。

いったいなんの話なのかというと、今見ている宇宙の姿は今の姿ではないという話です。

私たちは星空を見るときにその天体から届く光で見ています。

「光年」という単位がありますが、光年は光が1年間に移動する距離をもとに定められていて、例えば100光年離れた天体から届いた光は今から100年前にその天体から放たれた光ということになるんだそうです。

なんだか分かったような分からないような話です。

今の姿はわかりませんが、代わりに過去の姿は観測できるんだと言うことのようです。

TMTのような望遠鏡を使えば今からおよそ138億年前に始まったとされる宇宙の過去の様子も知ることができるんじゃないかと期待されているようです。

138億年前を知りたければ138億光年先の天体を観測すればいいという話です。興味のない人にはどうでもいい話だと思いますが、僕にはワクワクする話です。

この話はたまたま読んだ生物学者の小林武彦さんの著書『生物はなぜ死ぬのか』に書いてあったんですが、そこには宇宙の誕生の話から、地球に奇跡的な確率で生物が誕生したという話や、また多種多様な生物が生息している話などが書かれていました。

一見関係のないような生物達がお互いにつながり合って、支え合って生態系をつくっていることや、またひとつでも欠けると成り立たないバランスで成り立っていることなんかが書いてあり面白かったです。

やっぱり無駄なものなど何もないことがわかり、またそれを忘れてしまいがちなこともわかりました。

 

「たりない」

総務省が9月19日に発表した「統計から見た我が国に高齢者」によると65歳以上の人口は3640万人と、前年(3618万人)に比べ22万人増加して過去最多となりました。

総人口に占める割合は29.1%と過去最高となり、その割合は世界で最も高く2番目に高いイタリア(23.6%)を大きく離しての大谷翔平選手ばりのぶっちぎりの1位です。

また高齢者の就業率は25.1%(2020年※)となり、9年連続で前年に比べ上昇しています。
65~69歳は49.6%となり、70歳以上は17.7%となっています。世界では1位の韓国34.1%に次いで2位です。

年齢にとらわれず社会で活躍する方も増えた一方で、介護の問題もあります。

 

21日の日本経済新聞の記事によると政府は介護の人員規制の緩和を検討しているようです。

従来の介護施設の入所者3人につき少なくとも1人の職員を配置する現行の基準を見直し、1人で4人に対応できるようにする案を軸に調整するとのことでした。

センサーなどのITの活用で介護現場の生産性を高めるなんて書いてありますが、財政を圧迫する社会保障費の削減だけが目的な気がしてなりません。

また11月19日の閣議決定において「保育士等・幼稚園教諭、介護・障害福祉職員」を対象に「収入を3%程度(月額9000円)引き上げるための措置」が来年2月から実施されます。

2020年の介護職員の平均月収は23万9800円、保育士は24万5800円。全産業平均の30万7700円を大きく下回っているなか、どう考えても9000円は少な過ぎます。

また同じ介護事業所で働いていても、ケアマネジャーや生活相談員、看護師などの他職種は対象にならない可能性や、補助金は経営者に支給され、その配分の裁量は経営者に与えられているため本当に9000円すら上がるかどうかも不透明なんだそうです。

いったい何のための消費税の増税だったのかとつくづく思います。

 

長生きの時代の真っ只中を生きているわけですが、今までの65歳以上というイメージは現実には既になくなっていて、これまで以上に年齢層が幅広くカラフルなグラデーションな時代になってきている気がします。

そんな時代では、社会にとって役に立つということだけで判断していくことはあってはならないと思います。

歳をとっても働ける人もいれば、そうでない人もいます。

ただそこにいるだけで誰かを和ませる人がいたり、元気づけられたりる人もいたりすることだってあるわけです。

遠くの天体みたいに望遠鏡で過去を見るのなら、今のこの社会もその人達のおかげでつくられてきた社会であったわけですから、いまばっかりを見て判断するのはおかしいなぁと思います。

どんな人にでも役割があるはずです、生態系のように誰もが欠けてはならない存在だということを忘れてはならないはずです。

気候変動や自然災害などを乗り越えて進化してきた生物の中の一員である人間も、環境問題はもちろんのこと超高齢社会の問題においても進化をしてマインドから変わっていくことが必要なのかもしれません。

たかが数十年の生きている時間、時間も力も足りないからこそ、多種多様な人達で少しずつ助けあってシニア支援の活動を続けていきたいと思います。

来年はどうしましょうか?良かったら一緒に考えてください。

とにかく、いいこともそうじゃないこともたくさんあった1年間でしたが、なんとかちゃんとちゃんとの学校もここまでやってこれました。

たくさんのご協力や応援チャントをありがとうございました。

来年もゆるく関わっていただけたらそれはそれは嬉しいです。