『 ピーク 』

暑い夏にアリは働いて、キリギリスはバイオリンを弾いて遊んでいた、冬になってアリは生き延びてキリギリスは飢え死にした。
 
遊んでばかりだとダメなんだという話ですが、以前読んだ本には「アリは生き延びたが、いつ遊ぶんだ?」と書いてありました。
 
 
なるほど、そう言われてみたら確かにそうです。
ただアリだって時々遊んでいただろうし、キリギリスだって一日中バイオリン弾いていたわけじゃないだろうし、、あと細かいことばっかり言うと嫌われますが、そもそもキリギリスは寿命が短くて冬は越せないみたいですから、好きなことやらせてあげてやればいいのにと思ったりします。
とにかく、6月なのに暑いです。
 
 
久しぶりにちゃんとちゃんとのメンバーの清水絵理さんからメールがありました

「老年学研究科をつくった柴田博先生という方のインタビューが聞けますから、良かったら聞いてみてください」

 
 

 清水さんは介護の仕事や、マクロビオティック、老年学を学ばれたり多才な方で、ちゃんとちゃんとの学校の核になるような考え方を教えていただいてきた特別な存在です。

電車に乗りながら聴き始めるとメモしたいことばっかりで、何回も止めてメモしたりまた聴いたりしてるうちに乗り過ごし、乗り過ごした駅のホームのベンチでもメモをとるくらい面白かったです。

 

1960年代までは歳を取ることは悪いことだと考えられてきたようです。

それは体力や記憶力が落ちたり、今まで出来ていたことが出来なくなっていくからで、つまり歳を重ねることは良いことはなく悪いことしかないと考えられてきたようです。

 
 

ただ1970年代以降、その考え方は少しづつ変化してきます、歳をとればとるだけ良くなっていく能力があることもわかってきたからです。

例えば目の前で起きたことを瞬時に判断して問題を解決する能力を『流動性知能』と呼び、これは若い頃のほうが高いようですが、過去に経験で得た知識をもとに問題解決する能力を『結晶性知能』と呼び、これは年齢と共に高くなるようです。

徐々に落ちていくというのは思い込みで、歳をとることは悪いことばかりじゃない、なんだか明るい気持ちになる内容でした。

 

そして印象的だったのがライフイベントの話です。

人との出会いが増えたり、出来ることが増えたり、明るいライフイベントが多い前半に比べると、後半は人との別れや、出来ていたことが出来なくなっていくことが増えたりと暗いライフイベントが増えます。

 

 

これが年齢とともに身体だけじゃなく精神的にも元気が失われる理由だと思われていたようです。

ただ現在では、歳を重ねても明るいライフイベントを増やしていけば、いくらでも精神的にも健康になれることも分かってきているようです。

確かに健康寿命が延びても楽しみがないとつまらない、これからはもっと歳をとるのが楽しみになるようなイベントが増えたらいいですね。

 

山の頂上や、何かの最高値、最盛期なんかをピークといいますが、ふと思ったことがあります。人生のピークはいつなんだろう?
 

例えば記憶力は18歳頃がピーク、体力は20歳前後、好奇心は3~6歳、モテ期は27.8歳、収入が高いのは50代、集中力は43歳前後、語彙力は67歳前後、、、とCopilot先生が言っていました。

もちろん人によってピークは違うんでしょうが、100歳の年表を書いてみるとピークの山は前半だけに固まっておらず、後半にもありました。

そして幸福を感じるピークは90歳以降なんだそうです。

それはエイジングパラドックス(Aging Paradox)とも言われていて加齢に伴ってネガティブな状況が増えるにもかかわらず、高齢者の幸福感は低くないようです。

70代~80代はそこまで高くない幸福感が、なぜか90代以降は高くなってくる。

それは物質的で合理的な世界観から解放されて、宇宙的、超越的、非合理的な世界観に変わっていくことが関係していて、それを”老年的超越”と呼ぶんだそうです。

確かにそういう達観しているようなお年寄りは時々お会いしますし、そういう方は90代以上だったような気もしないではないです。

そういう方は自然と周りにいる人の気持ちを和ませていたり、優しい空気をつくっていたりします。

 

教科書に載っていた”スイミー”を書いたレオ・レオニの作品に『フレデリック』という絵本があります。

小さなネズミたちが冬に備えて食べ物を集めている、フレデリックだけは他のネズミと違ってじっとしています。

寒くて暗い冬のために光をあつめ、色をあつめ、言葉をあつめているのだと言う。

寒い冬が来て食料が底をつき暗い洞穴の中でほかのネズミを癒したのはフレデリックの話でした。大好きな話です。

 

何年か前にちゃんとちゃんとの学校のメンバーで食事をしているときでした「健康寿命を延ばそう」、「何歳になっても社会に出て活躍するようなお年寄りが増えたらいい」とみんなで話をしていたら

「長生きするだけで素晴らしいじゃないですか」

と清水さんに言われたことが忘れられません。

長生きするだけでも価値がある、その価値は分かりにくくて、数字にもならなくて人に伝えにくいことだと思います。

だからといって無いわけじゃないし、誰もが知っていることなのかもしれません。

長生きするのはいいことばかりではありませんが、若い頃のようにもっと楽しいライフイベントが待っていたらいいのにと思います、何かないかなぁ、来月聞いてみよう。

 

 

 

『 片想い 』

最近Spotifyが擦り切れるぐらい聴いている歌が『片想い』です。

 

『片想い』は恋愛の歌ではなくて、”生き方”の歌です。

好きなことだけをやっていては生活がままならない、でもただ生きているだけでは心がままならない、そんな歌です。

そりゃそうなんですが、どう生きていきたいかということに関しては誰もが片想いで、誰もが両思いになるようように頑張っているんだなぁとも思います。

 

シニア世代のトランプさんの言動に世界中が振り回されています。

フジテレビと大谷選手のニュースばっかりだったテレビが、一転トランプ政権の高関税政策の話題で持ち切りです。

アメリカだけを良くすることなんて出来るわけないですが、近年世界中で起こっていた自国中心的な考え方は今回の件でより一層強まっていくような気がします。

ミツバチの世界では働きバチは女王バチの為に自分の一生を捧げるわけですが、それは女王バチの為に自分を犠牲にしているように見えますが、結果的には働きバチの遺伝子を増やし途絶えないようにすることに繋がっています。

遺伝子は自分自身のコピーをつくることによって生きながらえていくわけですが、その目的のためには遺伝子は利己的にふるまったり、利他的にふるまったりしながら命を繋いでいる、分厚くてひいてしまったリチャード・ドーキンスの著書『利己的な遺伝子』にはそんなことが書いてありました。

自分勝手な遺伝子は強いように思えますが、実際には淘汰されて、相手本位の遺伝子が結果的には生き残る、そのことをわかっていながらあえて利他的にふるまう、それは利己的だともいえるんだと思います。気絶するほど長い生存競争で生き残った遺伝子は優しくもあり計算高くもあるということなんでしょうか。

体は遺伝子を乗せた乗り物で、遺伝子は体を乗り捨てながらそのコピーを繋いでいくわけですが、その中には“ミーム”も含まれるんだそうです。ミームとは文化的な情報の基本単位で言語や、音楽、習慣、ファッションなども含まれ、そういったものも人から人に伝わることで変化しながら進化していくようです。果たしてミームは良くなっているのか、よく分からない問題です。

 

4月14日、総務省は2024年10月1日時点の人口推計を発表しました。去年の日本の総人口は、推計で1億2380万2000人でした。これは前の年より55万人減り、14年連続の減少となり過去最大の減り幅となっているようです。

外国人を除いた日本人の人口で見ると、1億2029万6000人で、前の年と比べて89万8000人減っていて、一方外国人は前の年から34万7000人増えて、350万6000人となり、過去最多となりました。

総人口を年齢区分別にみると、65歳以上が3624万3000人で、1万7000人増え、総人口に占める割合は29.3%と過去最高となりました。75歳以上の人口は、2077万7000人で、70万人増え、割合は16.8%で、これも過去最高となっています。

一方、15歳未満の人口は、1383万人で、前の年から34万3000人減り、総人口に占める割合11.2%で過去最低となりました。

また15歳から64歳の「生産年齢人口」は7372万8000人で、前の年より22万4000人減り割合は59.6%となりました。

人口減少が進み、少子高齢化が進み、外国人が増え、働き手が不足していることがより浮き彫りになった推計です。

 

そんな中、4月からは育児・介護休業法の改正が段階的に施行されるようです。

例えば育児に関しては予防接種や健康診断、病気やけがでしかとることができなかった子供の看護休暇が感染症に伴う学級閉鎖や入園(入学)式、卒園式などでも取れるようになったり、介護においては【週の所定労働日数が2日以下で、継続雇用期間6か月未満】は除外の対象だった介護休暇ですが、4月からは【継続雇用期間6か月未満】という部分がとっぱらわれて【週の所定労働日数が2日以下】だけが除外対象になるように変わります。

仕事と育児・介護を両立できるようにそんな政策が少しでも増えることはいいことですが、ただでさえ大変な状況で、さらにそこに物価高騰が続き、ガソリンや米も値下がりする気配すらないことを考えると、そりゃあ子供を産んで育てるのも不安になるのは仕方ないことだと思います。

暗闇の中では飛ぶ虫が光に集まってくることがありますが、あれは光が好きで集まっているのではなく、虫は太陽や月などからの光に対して、背中を向けて飛ぶことが正常な飛行姿勢になるようです。

ところが人工的な光に対しても同じように飛ぶので方向感覚を失って、光に向かってぶつかったり集まったり、虫取り機で死んじゃったりするんだそうです。

暗い時代には光が必要だと思います、衣食住の生活が大切なことは当たり前として、それとは別に好きなことだったり、生きがいだったり、うまくいくかいかないかより、どう生きていきたいのか、そんな生き方が小さな光になるような気がしています、そしてそれがないとままならないと最近強く感じています。

働き手の少ない少子高齢化の長生きの時代には、健康でいれる時間を少しでも増やすことは大切です、ただそれは目的ではなく何歳になっても自分の思うように生きることのためであるべきだとも思います。年齢を重ねても好きなことに取り組む姿はきっと暗い社会を明るくしてくれるはずです。

 

冒頭の『片想い』という歌はSUPER BEAVERというバンドの曲です、今年が結成20周年で、今月さいたまスーパーアリーナで行われたライブはTHE YELLOW MONKEYとの“対バン”でした。

売れない時間が長いバンドで、そんな時期に聞いていた憧れのバンドと同じステージで演奏する日が来るとは思ってもみなかったと言って、この歌を歌っていました。

その憧れのバンドのボーカルは「バラ色の日々は、満たされた日々じゃなく困難に立ち向かっている、もがいている日々なんだと気がついた」とMCで語っていました。自身の病気の経験やこれまでの経験を踏まえての言葉には深みがありました。

やっぱり飛んで火にいる夏の虫みたいに頑張りたいと思います。

 

『 20 』

A型は几帳面でB型は適当、O型はマイペースでAB型は変わり者

そんな血液型によって性格が違うみたいな話は大嘘みたいですが、血液型によってなりやすい病気があるのは嘘じゃないようです。年末年始の番組でやっていました。

こういう時は自分の血液型しか見ない訳ですが、AB型は感染症にかかりやすいとのことでした。

そして12月31日にAB型の長男がインフルエンザにかかり、1月2日にAB型の私も感染しました。元旦から予約していた山梨のキャンプ場も、準備していた新しいキャンプ用品も使うことが無くなり、ずっと寝たきりの正月を過ごしました。

そして布団に入りながら「2025年星座と干支と血液型による最強運勢」を見ていると天秤座の卯年のAB型は576番中の7位でした、ほんまかいな。

年末年始にやっている病院は少なく、そしてインフルエンザの大流行もあり、車で少し離れた病院に行くと午前中で受付が終了していました。

どうしたものかと調べていたら『ファストドクター』というものを見つけました。オンラインでドクターに診察をしてもらい薬を処方してもらえるサービスです。

長男はスマホで予約して3時間後に診察を受けることができました、あいにく検査キットが手に入らずインフルエンザの薬はもらえませんでしたが、解熱剤を出してくれました。ベッドでスマホを見ながら会話して薬がもらえるのはこの時期とてもありがたかったです。

そして長男は成人式です、あいつが20歳なんてびっくりですが、早いもんです。

今から20年前、2005年、平成17年は国内では自民党が郵政民営化を掲げて衆院選を圧勝し、ホリエモンがテレビ局を買収しようとしたり、兵庫県の福知山線で107人がなくなる悲惨な脱線事故がおこった年でもありました。

また新語・流行語大賞は『小泉劇場』やホリエモンの『想定内』、あとは『クールビズ』とか、20年たっても意味が分からない『フォーー!』なんかが流行した年でもあります。

海外ではロンドンやエジプトなど世界中で同時爆弾テロが相次ぎ、鳥インフルエンザが東南アジアで猛威を振るい、ガザからイスラエル軍が撤退し軍事占領が表向きには終結した年でした。

例えばガソリンはリッター125円で、円相場は1ドル104円でした。そして総人口に占める高齢者の割合、つまり高齢化率は2005年に初めて20%を超えました、ちなみに現在は29.3%。

そして当時の成人を迎える人口は150万人程度だったのが現在は114万人とこの20年でも大きく少子高齢化は進んでいます。

介護に携わる介護従事者が当時が108万人で2023年には212万人に増え、要介護(要支援)認定者数も108万人が2023年には708万人に、認知症患者は32万人だったのが2022年には443万人にまで増加しています。

改めて時間の流れの早さと、時代が大きく変わってきていることを感じます。日々の暮らしはどうしても目の前のことにだけに意識がいってしまいがちです、ときには大きな流れを認識することも大切なんだと思います。

 

寝たきり正月に、生物学者の福岡伸一先生の動画を見ていました。孤独のグルメを見るよりは頭が良くなった気がします。

地球上の生物の長い歴史を振り返ると、急速に繁栄した種は急速に衰退してしまうようです、人間も例外ではなく1億年先の生物にとっては、人間はただの化石の一つになる、地球の長い歴史から見ると人間の歴史は単なる1ページにすぎないということなんだそうです。

そして福岡先生からは「動的平衡」という言葉がよく出てきます、それは生命は絶えず分解と合成を繰り返している、止まっているように見えてもそれは幻で、人間の身体も止まることなく自らを壊しながら、つくり変えているというわけです。

川の流れのようにという感じでしょうか、良いも悪いも私たちは、ずっとその場所にいたいと思ったところでそれは出来ないようです。

そして『マップラバー』と『マップヘイター』という言葉もよく出てきます。

地図を好む人と地図を嫌う人です。どっちがいいのかは分からないですが、僕は生きていくうえで地図はあったほうが便利なんだけど、無くてもいいのかもしれないとよく思います。

たくさんのことがあった20年を考えると、大変なことやめんどくさいことが山ほどあって、どうでもいいことがそれ以上にあって、時々いいことが素晴らしいことがあったように思います。

あなたのおかげで楽しい20年間でした、これからも誰かを楽しい気持ちにさせてください。