『 全盛期 』

人生の全盛期はいつなんだろう?

セミなら地上に出てきてからの1週間なんでしょうか?

それともあと1週間だと分かって出てくるわけだから本音は嫌なんでしょうか?

 

『 23 』

居酒屋で下駄箱に靴を入れるときも、コインロッカーに荷物を入れるときにも探す数字が23です。

それは子供のサッカーの背番号が23番だったからですが、23番はベッカムがレアルマドリードで付けていたり、ドルトムントでの香川真司も23番でした。

ただ23番といえば、やはりマイケル・ジョーダンだと思います。

バスケの神様と言われるジョーダンは、2003年に引退をしてから16年たったいまも神様のままです。

1984年にデビューしたマイケル・ジョーダンはルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞、14回のオールスター入り、2回のスリーピート(3連覇)を含む6回のチャンピオンシップ制覇、5回のシーズンMVP、6回のファイナルMVP….

という凄い記録だけでなく、ナイキとのエアージョーダンブランドの確立や、まるで空中を歩いているようなレーンアップ(フリースローラインからジャンプして決めるダンクシュート)を披露したり、目を閉じたままフリースローを入れたり、そして何より大舞台での集中力や並外れた勝負強さから、今も誰もが認める史上最高のバスケットボールプレイヤーです。

 

『 ジョーダンの全盛期 』

私もジョーダンは大好きですが、ちゃんとちゃんとの学校の発起人の1人である三谷さんはマイケル・ジョーダンマニアです。

車のナンバープレートも23で、会社にもジョーダンのポスターが貼ってあります。

そんな三谷さんに「マイケルジョーダンの全盛期っていつ?」とLINEしたら「個の能力としての全盛期は89〜93年くらいです。
総合的な全盛期は95〜98年です。」と返事が来ました。そしてあまりの返信の速さにひきました。

 

1993年、NBAを3連覇したジョーダンは選手としての全盛期に突然引退をしました。

大好きだった父親が強盗によって殺害されたことが、その理由ではないかとも言われています。

父親が実現できなかったプロ野球選手になるという夢をかなえるために、ジョーダンはバスケットボールから野球に転向します。世界中が驚いたその挑戦は、あまりにも無謀な挑戦でもありました。

メジャーリーグの下にマイナーリーグがあり、その中で1番上にあたるのがAAA(3A)、その次が   AA(2A)になり、ジョーダンが入ったのはAAのバーミンガム・バロンズでした。結果は127試合の出場で打率2割0分2厘と11のエラーでした。

それはメジャーリーグに昇格することは出来ない成績でした。

 

『 第2の全盛期 』

マイナーリーグで2年近く過ごしたジョーダンはメジャーリーグのストライキなどの影響などもあり、バスケの世界にカムバックします。2年のブランクを取り戻すようにトレーニングを続け、また3連覇をしてしまうわけですからやはり神です。

ただカムバックしたあとのジョーダンは集中力や勝負強さは健在でしたが、昔に比べスピードや瞬発力が衰え、昔よりは飛べなくなった気がしました。

もしかしたらプレイヤーとしてのピークはすでに過ぎていたのかも知れないですが、代わりに周りをいかすプレーが増え、優れたリーダーとして以前よりも強いチームをつくりあげたような気がします。

私はこの頃のジョーダンが好きです、昔よりは飛べなくなったジョーダンのほうがカッコよくて、全盛期じゃないかと思います。

 

『 容量 』

周囲を南アフリカ共和国に囲まれ、山の中に位置するため平地が一切なく、全土の標高が1400mを超える国がレソト王国です。

 

国民の約1/4がHIV感染者であるこの国の平均寿命は、WHOが2018年に発表した統計によると最も寿命が短く52.9歳。

逆に84.2歳と、最も寿命が長い国が日本です。レソト王国との31年の差も凄いですが、日本も100年前は平均寿命が45歳ほどだったみたいですから、今は昔と比べて人生の容量が40年近くも多いわけですから、色々と変わってくることが当たり前だと思います。

 

『 全盛期 』

全盛期という物差しも、今は変わってきているのではないかと思います。

それはスポーツも、仕事も、恋愛だって、若い頃は良かった、歳をとりたくない、と言っていたら長い人生で楽しい時間は少ししかありません。

よく若さが素晴らしい、アンチエイジングだ、美魔女だとか、騒いでいますが、そんなに”若さ”にしがみつくよりは、いまを楽しむほうが自然な気がします。

若い頃が良くて歳をとるのは悪いことみたいな考えは、もしかしたら長生きではなかった時代の古い考え方なのかもしれません。

若さにはもちろん魅力があることはわかります、でも歳をとることの魅力も、もっともっと見つけていく時代になっていくはずです。

全盛期はいつですか?と聞かれたら「これからだ」といくつになっても言おうと思います。

そんな時代になっているのではないでしょうか?

 

 

私達は様々なプロジェクトを、サポーターの方々の支援のもと活動しています。

2019年度から『ちゃんとちゃんとの学校』の記念すべき1期生のサポーター募集をスタートしております。

そして追加募集も始まりました!

シニアのジリツ支援に関心がある方ならどなたでもご参加いただけますので、是非皆様のご参加をお待ちしております。

詳細はこちらをご覧ください

 

 

 

 

『 多古町 』

何かを好きになるときに理由はいらないのかもしれません。「なんとなく好きだ」という時のほうが正直なんじゃないかとよく思います。

 

『 始まりは 』

3年ほど前から『ちゃんとちゃんとの学校』のオープンセミナーを始めましたが、参加者の皆さまの中に片道2時間もかけ、青山一丁目にあるセミナー会場に通っていただいた方がいます。それが千葉県の多古町(たこまち)という町の役場にお勤めの木川祥宏さんです。

 

木川さんはシャイで誠実な人だと思います。木川さんにはセミナーで参加者の方々に自己紹介と多古町のことをお話していただいた事がありますが、言葉数は少ないですがその優しい人柄が伝わってくるようでした。昨年末の東大でのイベントにも多古町のお土産まで持って来ていただき、スタッフ一同感激していたのを覚えています。

木川さんを通じて僕たちは多古町のことを知りました。成田空港から近く映画のロケ地にも使われる美しい町であり、多古米という美味しいお米などの農産物が豊富な町だということ、そして高齢化の問題に対しての取り組みが注目されていること。

 

『 2019年 』

そして今年に入ってから多古町に行かせていただくようになりました。1月に初めて多古町に行き、予定より早く着き立ち寄った旧興新小学校(映画「永遠のゼロ」などのロケ地)ではフレンドリーなお年寄りの方達に癒されて、その後役場に行き防寒着を来た木川さんと再会し、木川さんから多古町地域包括支援センターの平野香さんをご紹介いただきました。

平野さんは、初対面のどこの馬の骨とも分からない私達に対してもフラットにそして優しく接していただいて、あの『タコ足ケアシステム』の話を聞かせていただきました。

タコの足のようにゆるく地域をつないでいくシステムとは、それは行政からのトップダウンのシステムではなく、ご高齢の方でも比較的元気な方が他の高齢者の方に何かしてあげられることはないのだろうか?また本来は交わることがない人達が交わり合い、年齢や職種を超え助け合うようなシステムは多古町の人達から始まったもの、それがタコ足ケアシステムなんだそうです。

3人でゆるく始めたという『タコ足ケアシステム』は、同じく3人でゆるく始まった『ちゃんとちゃんとの学校』にも共通することもあり、最初から親近感があります。

その後、幸田さんを中心に歩け歩け大会に参加させていただいたり、ちゃんとちゃんとの学校の清水絵理さんや平野勝仁さんと多古町で有名なあじさい祭りに見学に行かせていただいたりしてきました。

 

『 人を地図に 』

そしてタコ足ケアシステムの方々が取り組まれていることや、それを実践する多古町の魅力的な人達のことを第三者に伝えることは簡単ではありません。

そして多古町の良さは”人”に他ならないと思います。その個性的で魅力的な人たちを分かりやすく伝えていけるものが出来たらということで、多古町の魅力的な人たちを地図にしていく「おっちゃんマップ」というものを作っていこうじゃないかということになりました。

多古町の人からすれば“よそ者”であるちゃんとちゃんとの学校のメンバーが、多古町の魅力的な人達をよそ者の目線で取材して、その魅力を伝えていく、そんなワクワクする地図作りのためのミーティングを9月6日に行いました。

タコ足ケアシステムを立ち上げた3人のうち、平野さんとは2度ほどお会いしたことがあったのですが在田創一さんと髙安一弘さんとはお会いしたことがなく、初めてビデオチャットで幸田さんと私の5人でミーティングをさせていただきました。

ズーッとふざけていて時々真面目な話があるという、まさしくゆるさがここまでくるとカッコいい、そんな素敵なタコ足ケアシステムの皆さまにすぐにハマってしまいました。

 

『 9月9日 』

ミーティングの前日9月5日に発生した台風15号は、4日後の9月9日の5時に千葉県に上陸しました。

上陸時の勢力は関東としては過去最強クラスというこの台風がもたらした被害は甚大でした。その一部はテレビなどで紹介されていましたが、Twitterなどでも川が氾濫したり、倒木や、真っ二つに折れた電柱、屋根がとばされた家屋、ボロボロになってしまったビニルハウスなど、そこに映る多古町は大変な状態でした。断水や長引く停電はどれだけ多古町の人を苦しめたのかと思うとなんとも言えない気分になりました。

台風ではないですが私も阪神大震災で被災して1週間近く断水していたころはもう体力的にも精神的にも相当疲弊していたのを覚えています。

タコ足ケアシステムの皆さまのフェイスブックを見ると、相当疲弊しているにもかかわらず、明るく振る舞っていらっしゃる写真を多く見ることが出来てなんだか胸が熱くなりました。

こんなに近い場所で、なんてことだと思いました。

何か出来ないだろうか?個人としてはもちろんのこと、ちゃんとちゃんとの学校として出来ることがあるのではないかと考えました。

 

 

『 ちゃんとちゃんとの学校を! 』

こんなときこそ『ちゃんとちゃんとの学校』をやってみようということになりました。はたしてどれだけ意味があるのかも、役に立てるかどうかも分かりません、ただそれはシニア支援も多古町支援も1人では出来ないことをみんなでやるという点においては変わらないのではないかと思ったからです。

急にやってみようということになり、これといった準備も出来ないままバタバタしたまま当日を迎えました。今回の参加費は全額多古町に寄付させていただくという形のオープンなチャリティセミナーにしました。

急遽の開催にもかかわらずお時間を作って参加いただいた方々、遠方のサポーターの方々も後日に今回の模様を動画にて見ていただくという形でチャリティに参加していただいたり、そんな方々が集まって千葉県多古町支援の緊急チャリティセミナーが始まりました。

初参加の方々もいらっしゃるので、シニア支援プロジェクト『ちゃんとちゃんとの学校』を知っていただいてからスタートしようということでちゃんとちゃんとの学校が目指す “シニアの3つのジリツ” について説明をさせていただきました。

そして多古町の現状に関してタコ足メンバーの方々から事前にお知らせいただきました。多古町は現在、電気や水道などのインフラはほぼ復旧し、残すは瓦礫の撤去や家屋、農業施設の復旧作業という状態だということですから、まだまだ大変な状況が続いているようでした。

 

『 多古町の凄さ 』

そしていよいよ、多古町のタコ足ケアシステムを学ぶ授業が始まりました。

じつはちゃんとちゃんとの学校で何回も取り上げたことのあるタコ足ケアシステムですが、私が一番よくわかっていなかったのかもしれません。

なんとなく理屈は理解していても、なぜそんなに人を惹きつけるのか?なぜ誰もが好きになるのか?

そこにはただ楽しそうにしているように見えて、深い哲学のようなものがありました。

 

 

そして今回は多古町とのご縁から、内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部事務局」の照井直樹さんと星加潤二さんにもお忙しい中参加いただきました。

照井さんからは、前日にも内閣官房の地方創生に関するフィールドワークで訪れたという多古町のお話を聞かせていただきました。

台風被害の後も、多古町を数回訪れられたという照井さんからは多古町の状況や多古町の独自の取り組みの素晴らしさについてお伝えいただきました。なかなか聞くことが出来ない貴重なお話、本当にありがとうございました。

 

後半はちゃんとちゃんとの学校で現在取り組んでいる高齢者の低栄養対策になるフード開発をするフードクラスの話と、人生最高の写真を使いながら人生を対話する授業「100歳図書館プロジェクト」、そして1年の締めくくりとして12月15日に東京大学で開催する『ちゃんとちゃんとの学校@東京大学』のお知らせをさせていただきました。

シニアの“3つのジリツ”をキーワードにしながら「年齢を重ねることが素晴らしい」と思えるような授業を作っていくちゃんとちゃんとの学校をこれからも応援してくださいとお伝えさせていただきました。

 

最後にはちゃんとちゃんとの学校の事務局の、料理研究家でもある清水絵理さんが作ってくれた多古米を使ったおにぎりに、フードクラスで開発中の“ちゃんとちゃんとのふりかけ”をかけて、参加者の皆様と一緒に食べました。そして今回のチャリティセミナーは終了しました。

今回のチャリティセミナーを通じて少しでも多古町を知っていただいたり、タコ足ケアシステムを知っていただいたり、多古町の魅力的な人達を知っていただけたのはないかと思っています。

人を好きになることは、町を好きになることと同じだと思います。

最初は多古町の取り組みは面白そうだなぁ、と思っていたものが、途中からは実はとんでもなくすごいことを楽しみながらやっているんだなぁと痛感しました。

なんとなく好きだった理由の一端がわかった気がしました。

参加された方々が、これまで以上に多古町が大好きになったそんな1日でした。

今回のチャリティセミナーにご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。そして今回の台風で被災された方々の一日も早い復旧をお祈り致しております。

ちゃんとちゃんとの学校は、これからも引き続き応援チャントを送り続けていきたいと思います。

 

 

私達は様々なプロジェクトを、サポーターの方々の支援のもと活動しています。

2019年度から『ちゃんとちゃんとの学校』の記念すべき1期生のサポーター募集をスタートしております。

そして追加募集も始まりました!

シニアのジリツ支援に関心がある方ならどなたでもご参加いただけますので、是非皆様のご参加をお待ちしております。

詳細はこちらをご覧ください

 

 

 

『 100歳図書館@倉敷 』

人生は重い。小説や映画だと太刀打ちできないかもしれない、その空間にいないと分からない、肌感覚で伝わってくる凄みがありました。

9月14日、岡山県の倉敷市で行われた初めての『100歳図書館』は、私達が想像したものを遥かに超えていきました。

 

『 100歳図書館 』

ちゃんとちゃんとの学校を始める前から、幸田さんとやりたかった企画が『100歳図書館』です。

人は誰もが、その人にしかない人生の物語があります。ただ自分の人生を語る場所や機会は限られた人にしか与えられないのではないでしょうか?

気心の知れた友人や、家族であってもあらためて自分の人生を語るなんていうと、かえって難しいと思います。

 

そこでそういう場所や時間がつくれたら素晴らしいんじゃないかと、それは今までは価値がないと思われていたかもしれない人生のストーリーを、誰もがわかるような価値として表現出来るかも知れない、また普通に生活していると交わることがない見ず知らずの人の人生が、世代を超えて誰かの生きるエネルギーになるかも知れない、と思っていたからです。

ただ何もないと話をするのは難しいですから、そこで自分の人生最高の1枚の写真を使いながら、自分の人生を一冊の本を読むように語るという、デンマークで始まったヒューマンライブラリーの要素を取り入れながら作っていく、シニア世代の人生の図書館が『百歳図書館』という企画です。

 

『 わたしものがたり 』

今回は「100歳図書館 @ 倉敷 /
わたしものがたり 〜写真で語ろう!地域と私の物語〜」というタイトルのもと、古民家再生を軸にしながら地域包括ケアシステムの新たな形として地域福祉やコミュニティづくりに取り組んでいらっしゃる「NPO法人 つくぼ片山家プロジェクト 」様の主催で開催されました。

地域にお住まいの有志8名の方に人生を語っていただく”ストーリーテラー”として「人生の大切な1枚の写真」をもとに、人生の豊かさを語り合う「対話の授業」として行うことになりました。

今回初めて開催されるにあたり、どのような写真を選び、どんなことを伝えていただくのか、開催当日までにつくぼ片山家の方々にご協力いただき、ストーリーテラーの方々と一緒に写真の選定までしっかりと準備をしていただきました。

またどうしても話が止まらなくなってしまうことがあったり、若い世代の方には分からない言葉や表現があったりするとうまく伝わらないこともありますから、今回はお話するストーリーテラーの方々にはそれぞれに優秀な担当者の方についていただき、よりスムーズに進行出来るようにサポートしていただきました。

そして、2歳から80代の方まで参加された100歳図書館が始まりました。

 

『 新しい価値 』

3つのグループに分かれて、参加者の方々がストーリーテラーの方を囲むように座り、それぞれの担当者の方に導かれながら、ストーリーテラーの人生の物語がいよいよスタートしました。

ストーリーテラーの方が写真を見せながら話を始めます、自己紹介をしたときとは明らかに顔の表情が変わり始めます。

時代がタイムスリップしてその時代にいくような気分になるからなのか、いつもの忙しない時間とは真逆の、静かでまるで時間が止まったような不思議な時間が始まりました。

そしてひと段落すると、参加者の方が質問をしていきます。ついさっきまでは顔も名前も知らないもの同士が、もしかしたら家族や恋人にも話さない内容を話していたりしますから、これは不思議でした。そして何か深い場所で通じているようでもありました。

ある方はご両親のことを語り、ある方は学生時代は本が好きで図書館の本を読み尽くした話、ご主人との出会いなど、まあたくさんの色々な話が出てきます。

これは文章にすると伝わらない、その場所にいなければ分からない感覚がそこにはありました。

 

なぜ、知らない人の人生の話がこんなに重く心に響くのか?

 

 

『 モノローグとダイアローグ 』

ストーリーテラーの方々には、最後に参加者の方がメッセージカードを贈りました。

まだまだ話し足りない、まだまだ聞きたいというなか、無事終了しました。

 

最後につくぼ片山家の理事で茶屋町在宅診療所の亀山先生から今回の試みの可能性についてお話がありました。 

いま医療の分野でも注目されていることが、ダイアローグなんだそうです。

『ダイアローグ』dialogとは英語で(対話)という意味で使われるようで、その反対の言葉が『モノローグ』monolougeとは語源がラテン語のmono(ひとつ)とlouge(話)を組み合わせた言葉で「独り言」という意味があるようです。

『ダイアローグ』「対話」が精神疾患の薬を減らしたり、病状が良い方向に向かったり、また子どもの様々な問題や、子どもをもつ親御さんの問題など、世代を超えて多くの問題を解決してくれる効果があるのではないかと期待されているようです。

そして今回の試みが生み出す「対話」が世代間のギャップを超え、地域を元気にする可能性があるのではないかとお話していただきました。

 

今回の100歳図書館は、人生を語るストーリーテラーの方だけではなく、参加者の方もその人生の一場面に触れたとたんに昔を思い出したり、何故だか涙ぐんだり、やる気がみなぎったり、生きる喜びみたいなものを感じたりします。

 

正直、そんな素晴らしいものがこんな身近にあったんだという驚きがそこにありました。

始まる前に幸田さんが海外旅行に行くより価値があると言っていたものが、終わってみればすぐそこにありました。 

 

ちゃんとちゃんとの学校では、こんなに素晴らしい『100歳図書館』を、もっと魅力的に磨いていく予定です。

そして日本全国で『100歳図書館』をヴィンテージな移動図書館として開催できたらと考えています。

そして12月15日の東京大学でも皆さまに進化した形を披露する予定です、是非楽しみにお待ちください。

 

今日は、今年の敬老の日は偶然にも母親の誕生日でした。少し怖い気もしますが母親の100歳図書館も、隠れて聞いてみたいと思いはじめました。

 

『 ありがとうございます 』

最後に、当日の運営、事前の打ち合わせや、準備から何から何まで多大なるご協力をいただいた「NPO法人 つくぼ片山家プロジェクト 」の皆さま。

ストーリーテラーの方が話しやすい環境をつくっていただいた進行役の皆さま、わざわざ愛媛から来てくれたちゃんとちゃんとのお2人、そして何より、8人の素晴らしいストーリーテラーの皆様のおかげで、素晴らしい第一回目の100歳図書館となりました。

本当に本当に、ありがとうございました。