『 ぐち 』

アナログな私がパソコンを買いました。

買う前に色々なことを調べて欲しいものを決めて、とりあえず買う前に詳しい人にも聞いてることにしました。

「広納さんだったらそんな性能がいい機種は必要ないと思いますよ、パワポとかエクセルくらいでしょ?、パソコンは何に使うかによって機種を選ぶほうがいいですよ」ともっともらしいことを言われ、でも「赤は嫌なんだよ、シルバーがいいんだよ」と頭の悪い反論をすると、詳しい人の奥さんから「アイアンマンと一緒ですよ、広納さん好きでしょ?」と子供を説得するように諭され、結局欲しいものよりランクを落としたものを買いました。

ちなみに使ってみると立ち上がりも早くサクサク動くので大満足です、愚痴なんて何もありません。

 

『 ストレス 』

やっと梅雨が明けたにも関わらずなかなか出口が見えない状況になっています、こんなに盛り上がらない夏は久しぶりです。

いいことなのか悪いことなのかはさておき、当たり前にマスクをして、人との距離をとることは自然とできるようになってきました。

三密を避けることは感染症予防には有効なことなのかもしれませんが、それが健康的かと言えばそうとは言えない気がします。

御年配の方は外に出なくなることは、フレイルを引き起こしたり、人とコミュニケーションをとらなくなることは鬱や認知症の原因にもなりかねません。

 

ITジャーナリストの島田範正さんの「島田範正のIT徒然」によると米国で3番目に大きいケーブルテレビ局CoxCommunicationsの従業員が、コロナで外出できず孤立している高齢者に毎日1回電話をかけるボランティア活動があるようです「One Call a Day」という活動です。

電話の内容は、何か必要なことはないかと尋ねたり、励ましたりと言った内容のようですが、外出も出来ず孤独な中でもらった1本の電話は、想像以上にお年寄りを元気にし、生きるパワーを与えるようです。

その他にもこのケーブルテレビ局はロックダウンで外出できない高齢者施設の入居者を、他の施設や地元コミュニティとネットで繋ぎ、友人らと再会したり、新たな仲間づくりをしていくVirtual Senior Centresという活動もしていて、これらは「高齢者のストレス対処への支援」になるようです。

 

『 ヤバT 』

ヤバイTシャツ屋さんはインディーズ時代から大好きなバンドです。大阪芸術大学出身の3人のバンドは基本的にはふざけていますが、ライブは最高で音楽も良くできています。今年は生で見てみたいなぁと思っていたらこんなことになってしまい、ガッカリしていました。

そんな中、ヤバイTシャツ屋さんがYouTubeで無料ライブを配信しました。

「音楽業界は多くの関係者が仕事を奪われて生活に困っています、こんどアルバムを発売します、予約された全てのアルバムにメンバーの直筆サインを入れます、絶対に売りたいです。」

色々なものを背負って悩んで悩んでたどり着いたアイデアや、それが伝わる純粋なパフォーマンスをしているバンドに、なんだか泣きそうになりました。ろくな仕事もしてない政治屋さんよりヤバイTシャツ屋さんのほうが真剣にいまを考えている気がしました。

 

『 愚痴 』

非常事態宣言の真っ只中のときでした、乗客が誰もいないタクシー乗り場には何十台ものタクシーがありました。

なぜ客も来ないのは分かっているのにここにいるんだろう?と思ったことがありました。でもすぐに思いました、自分も同じかもしれない。

今までを変えることはそんな簡単じゃあないわけです。

この状況だから、やれなくなったことは山ほどあり、

この状況だから生まれたことも山ほどあります、

ただうまくいかないことのほうが、その何倍も、もっともっと山ほどありますから、愚痴を言いたいと思います。

愚痴はいいことじゃないかもしれませんが真実です、綺麗事ばっかりの嘘ばっかりのいま、珍しい本音です。

愚痴の裏側には変わろうとする気持ちがあるはずです。こんなときだからたまには愚痴もいいかもしれません。

 

『 きもち 』

人の気持ちはわからない。赤の他人や気心の知れた人も、家族だってわからない。

わかったつもりがわかっていないのが人の気持ちで、時々自分の気持ちさえもわからないくらいだから、まあ、わからないのは当然なのかもしれません。

今年から高校に入った長男と夜中の2時に缶チューハイとコーラを飲みながら話しました。深夜にイライラして大騒ぎしたり家出したり、最近そんなことが立て続けにあったからです。

自分より大きくなった子どもと思ったことをお互い話しました。小さな頃はなんでも話していたのが、いつからそんなに話をしなくなったのか?、何があったわけじゃないけれど自然にそんな感じに、そんな空気になっていました。

お互い話をしてみると大きくなった子どももやっぱりまだ中身は子どもで、いつのまにか父親になった私もまだまだ親にはなれていなかったことがわかりました。

コロナの影響で大切な中学の最後と高校の最初がほぼ無くなった世代、新しい友達も親しい友達も誰もいない、そんな環境で過ごすことや自分の居場所が見つからなかったことは相当なストレスがあったようです。

とにかく素直に話しました、こういう場合はなんて言えばいいのかなんて全く気にせずに、分からないことは分からないと言い思ったままを話しました。

不安で当たり前だし、友達なんてできなくたっていい、生きていればだいたいのことはどうにだってなる。素直に話すと相手も正直に話してくれた気がします。

そういえば今までこういう時間が無かったなぁと、こういう時間もいいもんだなぁと気づきました。そんなこんなでえらい時間になってしまい、わからない気持ちが少しでも分かることができた2人の深夜の飲み会が終わりました。

人の気持ちはわからない部分がほとんどだけど、話をすることは問題解決にはならなくても、ちょっとは色々なことをマシにしてくれます。

 

「よそゆき」

服装はほとんど興味がないですが、それなりの場所にいくときにはめんどくさいですが、それなりに気を使います。言葉も思っていたことを話していたはずが、いつからか”よそゆき”になってくることがあります。

こう言わなきゃならないとか、こう言えば何か言われるかも知れない、そんなことばっかり考えていると、いつの間にか言葉がよそゆきになります。

それはもはや自分の思っていることではなく、ただ批判を受けないように選んだ、つまらない言葉の寄せ集めで、どんなに綺麗な言葉でもなんだかピンときません。

「やりたいことは何?」よく大人に子どもが言われる言葉ですが、子どもの頃に聞かれていちばん嫌な質問でした。

「そんなのありません」と答えると「夢を持たなきゃだめだ」と言われ「〇〇がやりたいと」と言えば「今のままじゃダメだと」言われ、もう大人の子ども向けのマニュアルに書いてあるみたいな質問にウンザリでした。『やりたいことなんて常に変わるわ、ずっと一緒だと思うなよ!』と思ってました。

個性を大切にとか、夢を持てとか言われても困るタイプの子どもだったので、そんなぼんやりとした言葉より自分の言葉で話すことがまず大切だと思っていました。

そういうことを続けていって出会う人が友達になるかもしれないし、なんだか面白そうだったからです。

誰かがつくったよそゆきの言葉ばっかりを選んで失敗してもそれは誰かさんの失敗で、自分の言葉でたくさんの失敗をして、経験していく事のほうがよりガッカリするしとても意味がある気がしていました。

昔はもっとあった気がする失敗を許してくれるような環境と、本音を言っても否定されずに受け入れてもらえるような場所や時間、そういうものは、子どもだけじゃなく誰にも必要だと思いますし、あまりないような気もしています。

一枚の写真を使って自分の人生を語る、そして対話をする「100歳図書館」という企画が昨年ありましたが、今年はコロナの影響で進んでいない現状です。たこ焼き器みたいなオンラインではどこまで伝わるのかは分かりませんが、いま必要とされる企画だと改めて思っています。

1人ではなくチームとして、より良いシニア支援をするためには、私達のよそゆきじゃない言葉でつくる、もっとたくさんの失敗が必要だと思っています。

7月になりました、そろそろ始めていきたいと思います。

 

『 メメント・モリ 』

自分があと何年間、何日間、何秒間生きていられるかを知らせてくれる、そんな腕時計があるそうです。

年齢や身体の基本的な情報、生活習慣などを入れると人生の残り時間が分かるという腕時計です。

いったいそれの何がいいんだろうとは思いますが、その腕時計は当たり前のことを気づかせるためにあります「いつかは死ぬんだ」、ラテン語で「メメント・モリ」というようです。

 

『 世界を救う100歳老人 』

スウェーデンのヨナス・ヨナソンの著書「世界を救う100歳老人」は大ヒットした前作「窓から逃げた100歳老人」から5年ぶりの続編です。

主人公のアラン・カールソンが101歳の誕生日にバリ島で気球に乗ります、安全装置が外れた気球は遥か彼方に飛んでいって海へ不時着、北朝鮮の貨物船に拾われ平壌まで連れて行かれる、というぶっ飛んだ話から始まります。

そして金正恩やメルケル、プーチン、トランプまで登場するという、もちろんノンフィクションではない小説です。

前作では退屈な老人ホームから脱出するところから始まりますが、今回も前作と同じく世界中でユーモアたっぷりのお年寄りが100年分の貫禄を見せつけるように、若造どもを圧倒します。

最後にアランはいいます「人生は一度きりだ。人生で確かなことはそれだけさ。どのくらいの長さか、それはいろいろだがな」

なんだか長生きすることが楽しくなる小説です。

良かったらちゃんとちゃんとのインスタのオススメブックカフェでも紹介してください、ちゃんとちゃんとの女神、清水さん。

 

『 ネオウイルス 』

“ウイルスは必ずしも人類の敵だとばかりは言えない”、という記事を見ました。

人類より遥か昔から存在するウイルスは時には生物の進化を促進することもあり、またプランクトンなどの急激な繁殖により起きる「赤潮」もウイルスの働きによって終息しているようです。

ウイルスを病原体として見るだけではなく、地球の生態系の一部として捉える。

細かく分かれているウイルス研究の専門家が、それぞれの分野を超えて研究するような”ネオウイルス学”というものもあるようです。

この世界を変えたウイルスもいつか私たちの進化を促進することにつながっているのかもしれない、言葉が適切かは置いといて、面白そうです。

 

 

 

『 new  normal 』

「さあ、新しい生活様式にしましょう」と言われても、そう簡単にはいかない仕事についてしまったことを悔やんでも仕方ないわけですが、不器用ながら出来る限り変わろうとしています。

ステイホームの時にもコソコソと犯罪者みたいに仕事をしていた者からすると、身の周りに関しては随分と元に戻りつつある気がします。

コロナで1番変わったことはマスクやソーシャルディスタンスではなく「メメント・モリ」じゃないかと思います。

 

今まで何の疑いもなく信じていたことが、本当は間違いだったのかも知れない。

新しい生活様式を海外では new normal と呼ぶようですが、普通が新しくなると思っていた以上に基本的な価値観が変わろうとしているのを感じます。

シーソーのように何かの価値が下がれば代わりに何かの価値が上がります、今まで社会的弱者だった立場の人達が世界を救うかもしれないし、アラン・カールソンみたいな、端にも棒にも引っかからないお年寄りが、角ばり続ける世界を丸く優しくするかもしれません。

メメントモリ(いつかは死ぬ)は決して後ろ向きな言葉ではないようです。

いつかは死ぬんだと思ったときに初めてやるべきことがクリアになったり、生きていく上で本当に大切にするべきことがわかったりするからのようで、やはり死を意識すること、それは大切なんだと思います。

2020年もコロナであっという間に半分が過ぎてしまいました。

ちゃんとちゃんとの学校はシニア支援プロジェクトとして、「年齢を重ねることの価値」を誰にも分かりやすい形で表現していくことを目指しています。

若者が憧れる生き方、生産性に縛られない生き方、誰かのために生きる生き方、そんなシニアの生き方が、こんなコロナの時代だからこそ光になると信じています。