『 ペインキラー 』

「誰かとの別れを乗り越えるのはなぜこんなに痛いのか?」

「痛みは最初から心の中にあって、その人が痛み止めのような存在だったから」と宇多田ヒカルが言っていました。

 

そんな話はさておき、あっという間に今年も半分が過ぎようとしています。

もう20年以上も前になりますが、ローンで買ったワゴンRに乗ってジューダスプリーストの『ペインキラー』をガンガンにかけて大学に通っていました。その大阪国際大学で尊敬する眞鍋先生からお話をする機会をいただきました。

今回で6回目になるのですがいつまでたってもなかなか慣れません、仕事ではバカみたいにサプリメントのプレゼンばっかりやってはいるものの、学生さんの前で話をするのは普段とは勝手が違って毎回緊張の連続です。

今回は『サプリメントと高齢化』というテーマで、サプリメントの歴史から、アメリカと日本との違い、そして高齢化が加速する日本でのサプリメントの課題なんてことをテーマに話をさせていただきました。

講義の前に某大手のサプリメントメーカーでサプリメントをつくっていた凄い方ともお会いさせていただいたのですが、例の小林製薬の件が報道されてから、全く関係ないにも関わらず2割も売り上げが落ちたと言われていました。

「日本にはサプリメントの法律がないからね」と言われていたことは印象的でした。

サプリメント先進国と言われるアメリカでは、DSHEA(Dietary Supplement Health and Education Act)「ダイエタリーサプリメント健康教育法」というサプリメントに関する法律があります。1994年に制定されたDSHEAでは、これまで食品扱いだったサプリメントが、食品と医薬品の中間に位置するカテゴリーに分類されました。

また日本では厚生労働省にあたるような機関であるFDA(食品医薬品局)が製造管理や品質管理で基準を満たしていない場合の販売停止や業務停止を執行できる権限を与えらるようになりました。

つまりサプリメントは自由に販売できる代わりに、製造過程や品質管理はFDAがチェックをしているので、消費者側からすると安心感があるような仕組みになっています。

日本ではサプリメントは食品に含まれるため、誰でもつくることができます。

いわゆるトクホと言われる「特定保健用食品」(特定の保健の用途を消費者庁が許可している食品)から、また販売する事業者の責任において保健の目的を表示する「機能性表示食品」(消費者庁に届け出は必要、ただし許可は不要)、他にはカルシウムが骨にいいなど特定の栄養が一定量以上入っていると栄養の機能を表記できる「栄養機能食品」、またそのいずれにも含まれない「その他の栄養食品」があります。

日本ではその安全性などは、サプリメントを製造するメーカーや事業者側に委ねられているのが現状です。

 

またこれは教えてもらった話ですが、EUではFOPL(front of pack labering) 容器包装全面表示が広がっているようです。

通常の栄養成分表示に加え、糖類、脂肪(総脂肪、トランス脂肪酸、飽和脂肪酸)、ナトリウムなどの含有量を強調してサプリメントなどの前面にラベリングすることによって消費者が選びやすくなるというもので、他にも一食当たりの量(Serving size)や、1日の摂取量の目安(Daily Values)、そしてその摂取量目安に占める割合などを明記していくことが世界ではスタンダードになりつつあるようです。

ただ国によって規格にはばらつきがあるようなので、今後は世界的な規格も必要になってくる時代になりそうです。

また日本のサプリメントはまだまだ黎明期なので、これからますます必要性が高くなるはずです。

そしてサプリメントはきっかけなんだと思います。

サプリメントの意味としては含まれる栄養成分はもちろんのこと、食べ始めてから食生活を見直したり、運動を始めたり、サプリメントを食べることはあらためて健康を意識するきっかけにもなると思います。

品質の良いサプリメントをつくり、消費者にもわかりやすい基準をつくること、そしてそれをきちんと伝えることが大切だと思いますが、一方で高齢化の時代にはそこに大きな壁があると思います。

ご高齢の方と話をすると、サプリメントに抵抗がある方もいますし、サプリメントには興味はあるものの何が必要なのか?自分に不足している栄養は何なのか?過剰摂取や、薬との飲み合わせは大丈夫なのか?なんて声も聞きますし、また昔に比べて健康情報は掃いて捨てるほどありますが、偏った情報も多く、そもそもネット上の情報を見ない方もたくさんいらっしゃいます。

そのためにはいいサプリメントをつくるだけではなく、高齢の方にも栄養の勉強をしてもらう機会をつくったり、年代や体格や既往歴など、幅広い人が食べることを考えると、ある程度の知識がある人が一緒にサポートしていくような仕組みも必要だと思います。

書ききれないですが、そんなサポートをしていくような試みなども紹介させていただきました。

厚生労働省が先月の8日、久しぶりに認知症の推計を発表しました。2022年認知症は443万人、MCI(軽度認知障害)(*認知症の手前の状態)が558万人、合計1001万人が認知症もしくはその予備軍の疑いがあるとのことでした。そしてこの数は大阪と長崎の人口を足した数と同じです。

以前は認知症は602万人と言われていた時期があったので減ったのかな?と思ったら今回からMCI も追加されていて、あれ、それって、どうなんだろう?、手放しで喜べないという感じです。

認知症のリスクを早期に見つけ、医療機関につなげる効果的な方法を探す実証研究を、厚生労働省が今月にも本格的に始めるようです。全国36自治体で約1万人に認知症の「スクリーニング検査」の受検を呼びかけ、その後の行動を調べることで、何が医療機関への受診の障害となっているかを把握するとのことです。

認知症のなる前段階であるMCI(軽度認知障害)においては進行を遅らせる可能性があるレカネマブという薬があったり、またその他の方法などで認知症を予防することもある程度は可能なんだろうと思います。

そして一方ではただ単に認知症を怖がるだけでなく、きちんと理解をして共生していくことも非常に大切なことだとも思います。認知症の予防と、認知症の方やその家族も安心して暮らせる社会はともに必要なんだと思います。

ただ勉強するより、人に教えたほうが成績が上がるとよく言いますが、自分だけが理解すればいい勉強と違って、誰かに伝えるためには自分の頭の中にある情報を整理して相手に分かりやすくしてから伝える必要があります、つまりより理解が深まるからなんだと思います。

そういう意味でも講義は自分にとっても貴重な時間です。また学生さんにだけ伝えているようで自分に言い聞かせているような時間でもあります。『偉そうに言ってるけどお前はどうなんだと』

卒業後どんな会社に就職するのか、どんなキャリアを目指すのか、現実的な就職活動は夢とか好きなこととの”別れ”みたいになってしまいがちです。

たとえ好きな仕事に就けなかったとしても、好きなことを簡単に諦めないでいいと思います。これからは無くなる仕事もあるけど今まで無かった仕事も出来る時代です。好きなことを諦めなければ今はまだ存在しない新しい仕事ができたときには、好きなことで仕事が出来るチャンスもあるはずです。

ましてや人生の時間が長くなったいまは、何歳からでもリスタートできると思います。あんまりうまく話せませんでしたがそんな話を学生さんと自分自身にしてきました。

 

ただ、、大人になると、いくら自分が頑張っても変わらない環境や状況があり、個人ではどうにもならない場合もあります、そんな時は何も考えないほうが楽だけど、思い通りにならなくても考えて悩んで、もがいているほうが個人的には好きです。

ちゃんとちゃんとの学校はシニア支援のプロジェクトでありながら、ゴールは健康寿命をのばすだけではなく、長生きの新しい価値を生み出すこと、そして何歳になっても好きなことを諦めないでいれば、楽しいことがあるような未来をデザインすることだとも思っています。

それはそれは大変なことだとわかっていますが、これからも悩みながらもがいていきたいと思います。

 

 

『 スターダスト 』

「 ヨルダンに遠征です 」 

森本貴幸選手、久保建英選手に次いで歴代3番目の若さの16歳4か月20日でプロリーグにデビューしたのがFC東京の佐藤龍之介選手、そして彼の父親が古くからの友人です。

U-19(19歳以下の日本代表)に選出されその遠征でヨルダンに行くとのことでした。

また例によってサッカーの話です。

佐藤龍之介選手が幼稚園くらいの時に親子サッカーの大会に誘ってもらったことがありました。

うちの子ども達も含めて一緒にサッカーをしたのですが、小さな身体ですばしっこくてよく転んでいたこと、そしてすぐに立ちあがってはボールに突っ込んでいく姿が印象的でした。

彼が何回もシュートを打って、ゴールキーパー役の私がそれを全部止めていると運営の人に「入れさせてあげてください」と注意され、「わざと入れても楽しくないもんなぁ」と龍之介君と2人で話をしていたことも覚えています。

そんな彼がプロになり年代別とはいえ日本の代表になるとは本当に驚いています。

ここまで来るのにどれだけ辛い練習してきたのか、悔しい思いをしたり、休みの日に遠征をしたり、多くの犠牲をはらって濃い時間を過ごしてきたのだと思うと立派だなぁと思います。

また同じような努力をしたとしてもたどり着けない人がほとんどのこの場所に、いま居れるということは才能はもちろんのこと決めなければならないシュートを入れてきたから、大切な試合で活躍してきたからだと思います。

今となってみると転んでも転んでもすぐに立ち上がってボールに突っ込んでいったあの貪欲さ、諦めない強いあの姿に、なにか大切なものがある気がします。

もちろん想像できないくらいの家族からのサポートがあったことも大きな力になっているはずです。

ただのサッカー好き素人の意見ですが、守備陣を破壊するスルーパスもボールを奪われないドリブルも素晴らしいですが、とにかく視野が広くポジショニングが素晴らしい選手です。

自由でどこにいてもいいように思われるサッカーですが、その瞬間瞬間でいるべき場所にいる、”そこにいる” ということがかなり重要なのが現代サッカーです。それをこの年齢で自然にこなしているサッカーセンスに優れた選手です。

またこのタイプの選手では珍しく運動量が豊富でディフェンスの強度もありチームのために走れる選手です。佐藤龍之介選手をぜひ注目ください。

 

『ウォーキングフットボール』は文字通り走らないフットボールです。

一般的なサッカーと同じく始まりはイングランドで2011年7月に行われた55歳以上の高齢者の健康のためのサッカーが原点と言われています。

本家同様手を使ってはいけないことは同じですが、走ってはいけない、接触してはいけない、ヘディングしてはいけない、そして難しいオフサイドはありません。その他にもサッカーより少人数で行うことや、小さなフィールドで行うことなどからサッカー未経験者でも手軽に始められることが特徴です。

運動が苦手でも、障害があっても、何歳になっても怖がらずにプレーできるウォーキングフットボールは世界的な高齢化とフットボールの認知度と合わせて注目されています。

その他にもゴルフ場でサッカーボールを蹴る爽快感のあるフットゴルフや、ウィッフルボールは簡易版の野球で道具はプラスチックのボールとバットを使用します、そういや昔公園でやってた気がしますが、そんな年齢を気にしないで楽しめるスポーツが増えています。

厚生労働省の調査では、運動習慣のある人(1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上続している人)は65歳以上の男性で46.2%、女性では39.0%となっています。男女ともに”健康日本21(第2次)”の目標値に届いていない状態です。

“健康日本21″とはなんなんだ?というと、平均寿命がのびる中で健康づくり対策を総合的・計画的に推進するために厚生労働省が1978年からスタートした「国民健康づくり」運動のことです。

健康診査の充実などを取り入れた第一次が1978年、1988年、2000年、2013年、そして2024年、今年から第五次「国民健康づくり」がスタートしています。

そして2000年から”健康日本21″と呼ぶようになってからは第三次になるようです。あーややこしい

健康日本21(第三次)では健康寿命は今まで通り伸ばしつつ、社会が多様化する中で「誰一人取り残さない健康づくり」を推進していくことがテーマで、よりそれぞれにあった方法でより実効性をもつ取組に重点をおくようです。
誰もが楽しめて健康寿命ものびるような、そんな新しいスポーツが生まれるのは長生きの時代の新たな楽しみのひとつかもしれません。

ちゃんとちゃんとでも何か新しいスポーツ考えたいですね、俳句を詠みながらテニスをしたり、麻雀しながらサッカーしたり、、。

 

 
 
 
 

4月になりました、また食品や佐川急便やクロネコヤマトの値上げが始まるようです。
そして75歳以上の人が支払う公的医療保険料も今月から上がります。年金収入が年211万円を超える方が対象となる予定です。

また介護分野でも65歳以上で年金や給与の合計所得が420万円以上ある人は保険料が上がるんだそうです。

 

 
 

 

そんな大変な中にも関わらず、政治家のキックバックの話を聞くと、もう呆れてしまいます。ボールの代わりにキックしてもらったほうがいい気がします。

 

 

『 スターダスト 』

サッカーは選手が主役ですが監督も同じくらいに重要です。

複雑になった戦術の影響やサッカーを取り巻く環境の変化で監督に求められる能力も変わってきています。特に代表チームとなると監督は選手とスポンサーやサッカー協会などの間に立ちうまく立ち回れる能力も必要です。

八咫烏のマークの日本サッカー協会(JFA)は元日本代表の宮本恒靖さんが47歳で最年少の会長に就任しました。

これからはスポンサーやサッカー教会の顔色ばっかりうかがうのをほどほどにして、強い代表チームをつくるために現場に寄り添った運営をしてくれるといいなぁ、だれでも元々はサッカー少年だったはずです。

ワールドカップの誘致や国際大会の放映権、マーケティング権など巨額のマネーが動く組織になったFIFA(国際サッカー連盟)では汚職事件がよくおこります。

金にまみれて腐敗したFIFAを「サッカーを理解しない人々がサッカーを運営している」と批判し続けたのはマラドーナでした。マラドーナは選手として偉大になっても権力を嫌って選手やサポーターの味方でした。

政治の世界や企業など、組織の問題を考えさせられるようなニュースをよく目にします。

組織ぐるみの隠蔽とか、大きな力の前に従わざるをえなかったかのような事が近頃よく起こっているような気がします。

いままでは見えなかった部分が、見たくなかった部分が見えるような時代になってきたのかもしれません。

どこの世界でも自分は何もせずに甘い蜜だけ吸うような人もいますが、そんなふうになるんだったらずっと働いているほうがいいなぁ、現場が好きだなぁ、プレイヤーがいいなぁなんて思ったりします。

 

138億年前に宇宙が誕生して、初期の宇宙では人体を構成するような炭素や窒素のような元素が含まれていなかったようです。

それから宇宙に星ができて、その星の中心部で炭素などができる、そして長い長い時を経てその星も寿命を迎えます。

星は死ぬ時に爆発します、星が飛び散った残骸で出来たのが今の太陽であり、太陽系なんだそうです。

つまり人間の身体は大昔の星の残骸でできているんだそうです。

YouTubeでみたカリフォルニア大学の野村泰紀さんの話が面白くて本を読み漁っています。

4月は色々始まる季節ですよね、不安も期待もありますが、星の残骸なんだと思えば、いつからでも誰でも輝ける気がします。

 

『 バトン 』

「誰だって最後はオムツをはくのよ」

奥さんに励まされて子どもの親になる決意をし、子どもが大きくなる頃には自分が子どもになり、そして認知症になる。

M1を見てから久しぶりにそんな映画を観ました。

生物はバトンを渡すように命を繋いでいくわけですが、長い短いはあれどそれは繰り返し繰り返し続いています。

最初に翅(はね)を獲得したとされる昆虫にカゲロウがいます。見た目がトンボみたいなカゲロウは飛ぶのが下手で、フラフラと風に流されているように飛びます。

日光で熱せられているアスファルトの上や,遠くの物がゆれたりゆがんで見えたりすることを陽炎(かげろう)といいますが、そのフラフラと飛ぶ姿が陽炎のように見えたからカゲロウと名付けられたとも言われています。

そしてカゲロウは寿命が短い虫です。「エフェメラセット」というカゲロウは翼のある状態で5時間しか生きられません。使い捨ての切手やハガキなどを「エフェメラ」と呼びますが、「1日」という意味のラテン語に由来しているんだそうです。

思っているより儚く短い人生を「かげろうの命」と言ったりすることもありますが、カゲロウは1日もない短い命のバトンを3億年もつないでいます。

 

そういえば忘年会で「ミュージシャンは早く死にがちだから、推せるうちに推したほうがいいですよ」とある人に言われて、死んじゃったチバユウスケの “世界の終わり” を歌うバンドのチケットを買いました。そういえば。

 

 

『 あと1年 』

元日から能登半島地震が起こり北陸に甚大な被害が出ました、多くの犠牲者の方が出て、当たり前の日常が奪われてしまった方もおられるなか「おめでとう」とは言えない新年が始まりました。

2015年頃からシニア支援のプロジェクトとして始まった、この活動のひとつのテーマが「2025年問題」でした。

2025年には人口の3人に1人が65歳以上になり、75歳以上の後期高齢者が総人口の2割になり、社会保障制度や医療や介護など、さまざまな分野に影響を及ぼすことが懸念されているこの ”2025年問題” に対して、私たちにも何か出来ることがあるのではないかと手探りでスタートしました。

シニアに関わる方々や考えに共感していただいた方々に、それぞれの仕事の合間の時間を使って負担になりすぎないように、気軽に参加してもらえるように、カジュアルでゆるく参加いただけるようなスタンスで、まあまあ休んだりしながらいろいろなことを行ってきました。

ちゃんとちゃんとの学校では、シニアのジリツ、ちゃんとするってどういうことなのか?ということを考えてきました。

またこの活動の大きな目標としては健康寿命をのばすこと、そして長生きの新たな価値をつくっていくことだと思っています。

健康寿命をのばすためには年代に合わせた食生活、栄養を学ぶことが必要です、そしてフレイル予防には正しい運動、歩き方が必要です。歳をとっても1日でも長く働いて社会に貢献することも素晴らしいですが、それだけではなく年齢を重ねること自体にもっと価値があるのではないかと、その価値を表現していくことも必要不可欠だと思っています。

2025年問題をテーマに始めた活動なので、今年は仕事をさぼっても出来ることをやろうと思いますし、まだ何も相談もしていないので勝手に思っていることですが、年末にはまた東京大学でちゃんとちゃんとの学校のイベントができたら素晴らしいなぁとも思っています。

 

”ぽいち” ことサッカー日本代表監督の森保一さんと、明石家さんまさんが対談している動画を観ました。

日本代表が練習するピッチの上に2つだけ椅子を置いて語り合うのですが、内容は意外でした、それは森保監督からさんまさんへのインタビューでした。

その中で印象的な話がありました。

母親に育てられ、社会に出ると実の父親以外にたくさんの父親に出会う、そして生き方を学ぶ、尊敬できる父親もいれば間違った父親にも出会う、でもそれは全てに意味があるんだというような話をさんまさんがしていました。

昔では考えられないくらい強くなったサッカーの日本代表ですが、そこまでにはたくさんの失敗と経験と学びがあったはずです、そしてそれを繋いできたから今があると思うと、無駄な時間など無かったんだと思いますし、続けていくことの重要さを感じます。

ちゃんとちゃんとの学校でも、知らず知らずのうちに何かを受け取っていたり、誰かに渡していたり、無意識にそんなバトンパスを続けてきたんだと思います。

2025年まで1年を切り、この活動もいよいよ大きな節目になります、あっちに行ったりこっちに行ったりカゲロウのようにフラフラしながらも、ゆるくまじめに活動していきたいと思います。