『 INSIDE 』

「結局何がやりたいの?」

「目的は?ゴールは?」

何か始めると、よくこんなことを言われます。

そんなこと言われたって

なんて言えばいいのか

 

このてのことを聞かれるたびに、ダメだなぁ、ふらふら生きてる自分みたいだなぁ、と落ち込んでいました。

そりゃあ明確なのがいいんだろうとは思いますが、誰もがすぐに分かるゴールって逆につまらないなぁ、と思ったりしていて

そんなこと言って中二病かよと思われますが、はっきりいってその通りです。

いい歳して恥ずかしいですが、このぼんやりとしたものを、面白そうなものを続けていこうと、もしかしたら何かあるんじゃないのかなぁと、誰に対して言っているのか分からない言い訳みたいなことをよく考えていました。

そんなわけのわからない私に

「そりゃ、そうですよ、分からなくて当たり前ですよ、ないものをつくるんですから」

と言ってくれた人がいました。

嬉しかったなぁと、ふと思い出しました。

 

『 INSIDE 』

大好きなジョン・ラセターがセクハラでいなくなってから、大好きだったピクサーの映画も見なくなりました。

ディズニーの映画はすぐに歌いだすからあまり見ないですが、MARVELが入っているからという理由でディズニープラスは見るようになり、またそこに入っているピクサー作品もちょくちょく見るようになりました。

どこかの局みたいになんにも見ないでも毎月お金をとられるディズニープラスですが、その中にピクサーのアニメーション制作の舞台裏が見ることができるドキュメンタリー番組があります。

それが『 INSIDE 』です。

ピクサーの映画制作に関わる人は監督、アニメーター、作曲家、スクリプター、脚本家はもちろんのこと、国際版ディレクターや、なんとパティシエまでいるんだそうです。

それぞれの分野の、おそらく世界でも有数のスペシャリスト達がチームになって作品制作に取り組む姿は単純に見応えがあるし、その無数にあるチームが協力して気の遠くなるような工程を経て1つのアニメーション作品をつくるわけですから、まずそのスケール感に驚きます。

その道のスペシャリスト達の細部へのこだわりと、作品への情熱や苦悩を感じることが出来るこの番組にえらく最近はまっています。

ダン・スキャンロンは『モンスターズ・ユニバーシティ』を撮った監督ですが、その彼がピクサーからオリジナルの映画をつくるチャンスを与えられます。

モンスターズ・ユニバーシティで成功はしたものの、それは自分自身の物語でありません、今度は念願でもあった自分の物語で映画をつくれることになります。

ピクサーの開発部にはアイデアを形にする4人のプロがいて、アイデアの種を育てて映画製作のサポートをしてくれるんですが、そこでダン・スキャンロンはあることに気づきます。

自分の人生には映画にできるようなアイデアの種すらないことに。

表現者として、なんとかしないといけないと考えたダン・スキャンロンは自分自身をさらけ出して、見たくない自分と向かい合うことにします。

その中で一番他人に知られたくないことが映画の種になるんじゃないかと考えます、そしてそれを見つけることになります。

 

デトロイト近郊の町クローソンで育ったダン・スキャンロンは、母親と兄の3人家族で幸せに暮らしていました。

父親は彼が1歳の時に亡くなっています。

母親は息子が父親の存在を知らずに育ったことをずっと気にしていました。

そしてダン・スキャンロンは父親がいないことを、悲しいとも寂しいとも思ったことがないことを気にしていました。1歳だったから覚えていないわけです。  

父親のことは周りの人の思い出話や、写真でしか知ることができず、その時に「死んだ父親と話してみたい」と思ったことを映画の種にしようとします。

そして父親がいなくても寂しいと思ったことがないのは、兄が父親の役割をしてくれていたことに気が付きます。

母親が「パパはもう戻らない」と伝えたとき「僕が弟を守る」と言ったのは当時3歳の兄でした。

何もないと思っていた自分の人生にも物語があったんだと、それをテーマにつくられた作品が昨年公開された『 2分の1の魔法 』(Onward)です。

どんな人にもその人にしかないストーリーがあるっていいなぁと改めて思います。

 

その後ピクサー作品を立て続けに見ました。気になっていたソウルフルワールド 』も素晴らしくて、やっぱりピクサーが好きになりました。

本音は『 トイストーリー4 』だけはジョン・ラセターでもう一回撮り直してもらいたいですが、、、辛抱します。

 

『 ひそかな楽しみ 』

ここまで書いといてなんですが、シニア支援プロジェクトと全く関係のない内容だなぁと我ながら思います、でも書いているのが私だから仕方がないなぁとも思います。

そんなわけでシニア支援プロジェクト『ちゃんとちゃんとの学校』の話を少し書かせていただきます。

シーズン3開催中の本校では『つながる100歳図書館』の収録を終え、現在はその模様を記事や動画にしてより幅広い人にその素晴らしさを知っていただきたいと考えております。

動画に先行する形で記事は『100歳図書館 公式note』にて毎週のようにアップしていますので是非ご覧ください、めちゃくちゃいいです。

そしてその素敵な記事を作成してくれているのが事務局の柴田惠津子さんです。

柴田さんは大学卒業後、NHK Eテレなどの番組制作に携わり、その後PR会社を経て現在はラジオパーソナリティとして「笑顔の港」という番組を持ちながら広報PR、ライティング、インタビュー、司会、アナウンス、イベント企画運営、レクチャー、コミュニティの運営…などなど幅広く活躍されている多彩な方です。

そんな柴田さんと幸田さんと私で記事製作の打ち合わせを最近ちょくちょくとするようになりました。 

 

100歳図書館の炎心さんの写真選びをする『たきびとの会』と『100歳図書館』の動画をもう一度見返したり、柴田さんが文字起こしをしてくれたものを改めて文字として見たりしていると、新しい発見があったり、参加者の方々の質問の素晴らしさに驚いたり、清水さんや村岡さんのたきびとのレベルの高さとか、当日では拾いきれなかった、見つけきれなかった面白さがたくさんありました。

そんなことを3人で楽しく話しているとあっという間に時間が過ぎていて、この時間がなんだか面白く個人的にひそかな楽しみでもあります。

そしてお一人お一人の炎心さんの物語に寄り添うように情熱をもって書いていただいている柴田さんには、こんな方にお願いできてよかったなぁと感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

 

『 外からなんて何も分からない 』

人のことをすべて知ることは、きっとできないんだと思います。

知っているのはその人のほんの一部でしかないんだと思います。

知らない誰かに見られてもいいようになのか、傷つかないようになのか、いつからか誰もが自分自身の外側にカバーをかけている気がします。

そんなカバーを外したりすると、急に人と仲良くなったり、共感したり、驚いたり、救われたり、落ち込んだり、感動したりするのかもしれません。本当はカバーなんて外したいんじゃないかと思います。

100歳図書館で色々な方々のお話を聞いたりする機会が増えてきて、よりそう思うようになりました。

そして人はやっぱりそれぞれが違います。

まったく自分とは違うなぁと思い始めると、距離ができて壁ができて、シャッターまで下ろしちゃったりすることもあります。ただ自分とは全く違うと思っていた方の中にすごく共感できる部分を偶然見つけると、いつも以上に距離がぐっと近づきます。

本来ならそれは普通に生活して、人と出会い、親しくなったりしてから経験することというか、かなりのプロセスを経てたどりつける体験なんじゃないかとも思いますし、もちろんそこまでたどり着かないことのほうが多い気もします。

知らない間にたくさん身にまとってきたカバーは、鎧のように体と心から自由を制限してしまいがちですが、100歳図書館の優しい気持ちになれるあの時間は、自然と偏見とか世代とか性格とか、色々な目に見えないカバーを優しく溶かしてくれていて、普段は見せない内側で語り合うような交流が行われている気がします。

 

『100歳図書館』をつくったシニア支援プロジェクト『ちゃんとちゃんとの学校』ですが、こんなことをいつからはじめたのか?

その正確な日を誰も答えられない、それくらいゆるいこの学校ですが次第にとても大切な存在になってきました。ぬるっと始めてから、かれこれ6年くらい経ちました。

6年前はいつかやろう、そのうちやろうと、口先ばかりで何もしていませんでした。それがなぜか始まり、なぜか続いています。

うまくいってるかどうかなんてわからないですが、やってみて良かったなぁと思いますし、何事も外から見てるだけじゃ分からないもんだなぁとよく思います。

あのときぼんやりとしか分からなかったものが、少しずつ分かってきた気がします。

たくさんの方々が応援してくれて、力を貸してくれて、方向を見失いながら、遠回りしながら、他力本願しながら、なんとか辞めずに続けてきてこれたからだと思います。

なんとかたどり着いた今のこのかたちは、みんなで色々とやってきたからたどり着いたカタチで、そこが面白いし意味があります。

関わってくれたみんなに、あのときのあの人にお礼を言わないと。

 

 

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