『 おいる 』

遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。

2021年が始まりましたが、シニア支援プロジェクトちゃんとちゃんとの学校ではシーズン3を2020年の10月~2021年の3月としておりまして、年をまたいでの開催、そしてオンラインが中心での開催になっております。

 個人的には休みがほぼなかった1年だったので、正月休みにやれることをやろうと思っていたら人生初めての腰痛になりほとんど何もできませんでした。

そんな初老を痛感する年の瀬を過ごし、ここのところ毎年来ている山梨のキャンプ場で新年を迎えました。

 

『 忘年会 』

年末にオンラインで開催したちゃんとちゃんとの忘年会では不思議な気持ちになる体験をしました。

今回は参加者の方々が昔の写真をお互いに紹介しながら、お酒を片手に語り合うような時間がありました。

100歳図書館ではありませんが、いざ自分で写真を選ぶとなると1枚の写真を選ぶことは改めて大変だなぁと思いました。

ちょっと前のことだと思っていたことが実際にはかなり昔のことだったとか、あのこは今どうしているんだろう?とか、時代を感じさせる洋服だとか、痩せてたなぁ、とか、、まあ思っていた以上にたくさんの感情が出てきて交通整理ができない状態で、今まで使っていなかった脳の部分が動いている気がしました。

そしてその写真の頃の自分にアドバイスしたいことや、荒削りだけどあの頃にあったものが今は無くしてしまっていたものとかを見つけることになり、なんというか知っていたはずの自分は今の一部分だけであって、本当の自分を知らなかったような不思議な気持ちでした。

そして参加者の方の写真を見たりお話を聞いたりすると、その人の背景が見え始めてきてより立体的にその人のことが見えるような気もしました。

 

『 ドリームチーム 』

サッカー専門誌フランス・フットボールは昨年の12月14日に歴代ベストイレブンの「ドリームチーム」を発表しました。同誌が選定する伝統の年間最優秀選手賞「バロンドール」はコロナウイルスの影響で昨年は中止になりましたが、その代わりの「ドリームチーム」の発表でした。

その中には昨年に亡くなった偉大なマラドーナも入っていました。そしてそのマラドーナが「シャビはサッカーそのもの」と称賛したシャビもドリームチームに選出されました。

マラドーナとシャビは共に小柄なサッカー選手ですが、マラドーナは圧倒的なテクニックとカリスマ性があり、シャビはフィールド全体を見渡しその判断のスピードと正確性がありました。

シャビのことを書き始めるときりがないのですが、まるで空から鳥が見下ろすような視点でフィールドを見ていました、鳥瞰とか俯瞰とかそういう視点でサッカーを見れる数少ない選手でした。

 

『 おいる 』

俯瞰で物事を見る、これはかなり難しいことです。どうしても目先のことで精一杯になりがちですが、目先のこともことばかりではやっぱり無理が出てきますから、全体を見ることも時には必要です。

ちゃんとちゃんとを始めていつも考えていることが「おいる」ってどういうことなんだろう?ということです。

それは単にシワが増えたり、白髪が増えたり、早く走れなくなったり、忘れっぽくなったり、腰が痛くなったりということではないと思います。

それは単に老いの一面だけであって全体を見ると昔より進化してきたことも成熟してくることもあるはずです、そしてなによりも老いは今までの自分の変化と周りの変化を含めた現在進行形の一切合切を含んだものなんじゃないかとも思います。

年齢とともに出来なくなったこととか、出来るようになったこと、あの日には戻れないけど、今しかできないこともある、そういう色々な足し算と引き算をしながら生きている状態を俯瞰で見ることがとても大切な気がします、目の前のことだけを見るのではなく。

 

『 触媒 』

「これからは”風の時代”なんだって」と誰かが言ってました。

僕はこの手の話には詳しくはありませんが、なんでも火・土・風・水の4種類がありこれまでは土の時代だったようです。

土の時代はお金や物や権威などの物質が重視されてきた時代のことで、その土の時代が終わりこれからは知性やコミュニケーションなどの物質的なものではないものが重視されるような”風の時代”になるようです。(間違えてたらすいません)

 

風の時代はともかくとして、コロナの影響もあり変わらざるを得ない時代なのは確かです。そして様々な価値観が変わることは、すでに起こり始めている気がします。

3人に1人が65歳以上になるという2025年問題が近づいてくる現在、従来のやり方ではうまくいかないことがたくさん出てきています。

 

わたしたちはこれを問題としてとらえるだけではなく長生きすることは価値があると、まだ誰も気が付いていない価値があるはずだと思っています。そして皆さまと一緒にその新しい価値をつくる学校でありたいと思っています。

 

なんにもない山梨のキャンプに毎年行く理由がなんとなくわかりました、それは焚火をして家族がその火を囲んでする会話があるからです。おそらくそこでしかできない会話に意味があるんだとわかりました。

なんにもないと人は会話が難しいもんです。焚火の炎は人と人をつなぐ触媒みたいなものなのかもしれません。

そんな炎のマークを持つこのちゃんとちゃんとの学校はシニアとシニア支援パーソンを繋ぐ触媒にもなるんじゃないかと思います。

今年もいろいろな人たちでつくるちゃんとちゃんとの学校は、何時でも皆様の参加をおまちしております。

シニア支援プロジェクトちゃんとちゃんとの学校を今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

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