『 ちゃんとちゃんとの学校@東京大学 』

まさかとは思いましたが、昨年からから始めたこのプロジェクトの企画「ちゃんとちゃんとの学校」を今年はなんと、あの東京大学で開催することになりました。

【 ちゃんとちゃんとの学校 @東京大学 】
[12月9日(日曜日)13時より
東京大学大学院農学生命科学研究科フードサイエンス棟 中島薫一郎記念ホール(〒113-8657東京都文京区弥生1-1-1東京大学弥生キャンパス内)]

東大に行った時に東大のお土産を買って来るような私からすると、信じられない気持ちです。

 

 

『ちゃんとちゃんとの学校の後で』

このプロジェクトに参加いただいている皆様も、運営している我々も含め高齢者の方々の自立について学んでいこうと、昨年から毎回テーマを決めて各分野のスペシャリストの方々をゲストとしてお呼びし、堅苦しくない雰囲気の中で行なってきた「ちゃんとちゃんとの学校」ですが今年の2月からしばらくお休みをいただいていました。

このままの形で続けていくことも大切だけれども、これからは学ぶことと合わせて、実際に行動するようなものにしていかなければということが常に頭の中にありました。

 

『チャレンジ』

そんな中、6月に本業でもあるサプリメントの勉強の為に東大に行きました。

講義をしてくださったのは、ちゃんとちゃんとの学校の5回目で特別授業をしていただいた東京大学名誉教授の眞鍋 昇先生です。

講義の合間に東大の食堂で眞鍋先生とランチをしている時に「”ちゃんとちゃんと”っていいよね、あれ東大でやろうよ」と言っていただいて、「え!、ちゃんとちゃんとを東大で??、ですか?」と私も最初は先生の冗談だと思っていたのですが、どうやらそうではないらしいということで、先生にもご尽力いただき、あれよあれよという間に決定しました。

これは凄いことになってきたかもと思い嬉しい気持ちでいっぱいでしたが、東大でやるからにはこれまで以上に意味があるものにしないといけない、かといって堅苦しい感じではなく、やはり”ちゃんとちゃんと”らしくカジュアルな雰囲気でしなければと、そして元が少ないのに更に減り続ける脳細胞を使いながら悩みに悩んだ結果、プロデューサーの幸田さんから提案がありました。 

「今回はみんなで授業を作りませんか?」

 

『シニアに関わる人でしか出来ないことを』

私にとってプロジェクトをするモチベーションのひとつが、世界の中でも超高齢社会を突き進んでいる日本で高齢者の方がいつまでも元気で自立出来るように学ぶ場所を作ることです。それも既にあるものやただ待つのではなく、そういう気持ちを持った人達で作りたいということです。

そんな学校みたいな場所が果たして出来るのか?それは正直なところよく分からないですし、まだまだぼんやりとして、どんな形になるのか?おそらくたくさんの失敗を重ねてしかたどり着けない、いま思っているようなものとは違うものになるだろうとは思いますが、それをつくるのはいつもシニアの方と一緒にいる人達で作っていかないといけないと思っています。

シニアに関わる人達にしか分からないことや、シニアに関わる人達だからこそ感じる仕事の問題点や課題は、業界や職種をこえての共通点であったりします。

“シニアシフト”とも言われる超高齢社会では今まではシニア世代と関わることのなかった仕事も、今後は他人事ではなくなります。いま現在シニア世代の方々と関わるお仕事についている方はもちろんのこと、これからのことを考えると誰にも関わることなんだと思っています。

 

『未来は暗いのか?』

ぐうたらで自ら進んで何かをしない、やらなくても他の誰かがきっとやるだろうなんてタイプの人間でありますが、時々やる気のスイッチが入っていることがあります、それは時間には限りがあることを感じたときかもしれません。

日本が世界に先駆けて高齢化問題に直面するいま、ただ傍観することも、また自分にできることを探すことも、実際に何かをすることも、またこの問題をピンチととらえずチャンスに変えることも、色々な選択ができます。人口のバランスが崩れていく高齢化問題には認知症や介護問題、社会保障費の問題など、どうしても暗いイメージがつきまといます。小さなプロジェクトが何をしたところでその問題が解決することはないのかもしれません、ただ何もしないで誰かのせいにするよりはチャレンジはしたいと思っています。

 

『新たな必修科目に』

義務教育ではいずれ社会に出て行くために必要最低限の知識を学びます。そして人生100年時代では高齢者の方々が長く元気でいることや、なるべくなら介護や医療に頼らないで自立できることを、国語、算数、理科、社会のように学ぶことは大切でシニアの義務教育になるべきではないかと思います。

そして、元気な自立した経験豊富なシニアの方が社会に参加できるようなものが求められている現在、そのきっかけになるような授業を日頃からシニアに近い方や、そういう試みに共感いただける方と作っていけたら素晴らしいと思います。

12月9日の東京大学での「ちゃんとちゃんとの学校」では参加される方々にどんどん授業に参加していただいて、そのご意見やチャレンジしたいことを共有し、来年からスタートする企画と合わせて今後実現出来たら素晴らしいと思っています。そして今回は私とプロデューサーの幸田さんだけではなく立ち上げメンバーの1人のミタニホールディングスの三谷社長、そしてちゃんとちゃんとの学校でご縁があった方々にも運営に協力いただきながら準備をしています。

またゲストの方や詳細は告知していく予定です、年末のお忙しい中ではありますが新しいチャレンジに是非ご参加お待ちしております。

 

 

 

 

 

 

『 前へ 』

もうすぐ敬老の日を迎えます、このプロジェクトを始めるときに考えたことは、いまの自分に何ができるだろう?ということでした。

少子高齢化で働き手が不足し税収が減り、高齢になればなるほど病気にかかりやすくなり医療費を使います、また年金問題や要介護者や認知症患者が増え社会保障費を圧迫するいま、お偉い方々がどんな秘策をもってしても万事解決するなんてことは難しいと思っていますし、ましてやこれといって取り柄もない自分なんかが役にたてることなんてあるのかな?と未だに思っています。

 

『 前へ 』

1996年に95歳でこの世を去った北島忠治さんは、なんと67年もの間明治大学ラグビー部の監督をつとめた名将です。

その北島忠治監督が言い続けた言葉が『 前へ 』という言葉です。今もなお明治大学ラグビー部に伝統として受け継がれているこの言葉は、北島忠治監督がラグビーを通して生き方を選手たちに教えたことにより、より広く知られるようになったいいます。ラグビーは直線的に前に進もうとすればするほど敵の圧力がかかります、かといって目の前の敵から逃げてばかりだと勝つことは出来ません、前に進まなければ勝利はありません。

人生も前に進むのは簡単ではありません、ただ困難にぶつかっても逃げずに少しでも前に進むことが大切だと、ラグビーも社会に出てもあきらめずに立ち向かう、つまり”前へ”が大切だということです。

北島監督の最後の言葉は「明治、前へ…」だったと言われています。

 

 

『 3年生存率 』

12日、国立がん研究センターはがんと診断された人が3年後に生存している割合を示す「3年生存率」を初めて公表しました。

2011年にがんと診断された約30万人を調査しまとめた結果、全てのがんの3年生存率の平均は71.3%だそうですが、がんの種類によって差があり、中でも治りにくいがんに対して、新たな治療法の効果を5年を待たずに評価できるようになると期待されているようです。

私達の身体には毎日3,000個以上ものがん細胞が発生していると言われています。しかし多くのがん細胞は自殺したり、免疫細胞によって駆除しているようですが、なんらかの理由でそれらがうまくいかなかった場合がんになると言われています。早期がんとして発見される大きさは約1cm、約1g、がん細胞の数は約10億個ともいわれ、発見されるまでの経過時間は約10年、つまり10年以上前にがんはできていたということになります。

がんの治療は日進月歩で進んでいますが、今回の3年生存率の発表が、限られた時間の中でがんと闘う人やその家族や友人にとって良い結果につながることを、一歩でも前へ進むことを望むばかりです。

 

『 尊敬する人へ 』

「今できるかどうかじゃない、うまくいかなくても自信がなくてもチャンスが来たらやるんだよ、失敗しても構わないから」と昔言われたことがあります。その言葉はその頃の私にとって大きな意味があったと思います。どんな不恰好でも前に進むことの大切さや、また少しでも前に進んだからこそわかることや、出会えた人もいたはずですから。

その人はどこか不思議な魅力がある人で、今思えばそれは『どんな時も逃げちゃいけない、前に進みなさい』と言ってくれていたんだと思います。ここ数日、大きな存在であり尊敬できる人がいることは有り難いことだと痛感しています。

” 前へ ” です。

 

『 あり 』

蟻の足を切って短くしたり、豚のヒゲを蟻の足にくっつけて義足のように長くしたりするとどうなるかという実験をドイツのウルム大学の研究チームが行なったようです。

エサを取るために巣から離れたサバクアリという蟻にその実験を行なったところ、足を短くした蟻は巣の手前で止まり、足を長くした蟻は巣を通り過ぎたようで、このことから蟻は自分の歩数を覚えているということが明らかになったようです。

 

『 それぞれの進み方 』

ありの歩幅は測ったことはありませんが、人も歩く歩幅やスピードは人それぞれですし、同じ人も時と場合によってはうまく前進出来ない時もあると最近よく思います。大病になったり、家族に問題があったり、今年の度重なる災害を見ているとなんとも言えない気持ちになります。

なかなか思い通りに前に進めないときは、もしかしたら最短距離で前に進もうとしているのかもしれない、と考えるようにしています。ラグビーも直線的に前に進もうとすればするほど敵の圧力は強くなります、ただそれは前に進もうとしている証拠とも言えると思います。前へ進むことは時には楽で、時には残酷なほど辛いことでもあると思います。

 

そして前に進むと何があるんだ、とすぐに聞いてくる人がいますが、先がどうなっているかは行ってみなきゃ分からないとも思います。

このプロジェクトは、いま目の前にある問題に対して、高齢者に関わりの深い人が高齢者の自立を支援するような活動をしていこうとスタートし、共感していただける方に支えていただきながら、今できることだけではなくこれから出来るかもしれないことに向かって 少しずつ”前へ” 進んできています。

 

 

もうすぐ敬老の日ですが、その頃には皆様に新たな試みをお伝えできると思います。

 

 

『 ザンギと唐揚げ 』

非常事態のアラームが鳴ったように夏休みの宿題をやり始めた子供達を見ながら、ブログを書けていないことを思い出したポンコツ人間です。6月末から色々なことがあり書くことが出来ませんでした。

 

夏が終わるのは寂しいものですが、暑過ぎたこの夏を思えば例年よりは平気かもしれません。

 

「 ザンギ 」

北海道に来ています、北海道に来ると楽しみの一つが美味しい食べ物ですが、私が個人的に好きなものが”山わさび”です。普通のわさびとの違いはまず色です、そして味はパンチ力のあるはっきりとした辛味とスッキリとした後味が特徴です。北海道では家の庭に生えてくることもあるようで、春に採った山わさびを冷凍にしてそれをおろして食べることが多いようです。

他にも北海道ではザンギという鳥の唐揚げのような食べ物があります。北海道の方にザンギと唐揚げは何が違うの?と聞くとザンギは下味を肉に付けてから揚げるから唐揚げとは別物だと主張する方がいたり、今はどこも同じですよと主張する人がいたり、ばらばらで私もよく分からないのですが、その白黒つけない曖昧さがいいとも思います。

 

「 遊び 」

車のハンドルは少し動かしただけではタイヤの角度が変わらないようになっています。それがハンドルの “遊び” です。

F1で使われるような車はその “遊び” がないようですが、普通の車は遊びがないとすぐにタイヤが動いてしまい運転がしにくいようです。そして “遊び” には安全装置の役割もあるようです。

『遊びは、機械装置の設計段階で組み込まれる安全装置の一種で、操作できる範囲のうち、装置の動作に反映されない範囲のことである。こういった仕組みは、人間が意識して行っている挙動のほか、無意識ないし予期しない動作を絶えず行っているために必要とされている。』

とウィキペディアに書いてあるように人間は無意識のうちに色々とやってしまうようで、そのための “遊び” なんだそうです。

電車のレールの継ぎ目に隙間が空いているのも、寒暖の差によってレールが膨張して曲がるのを防ぐためですし、やはり “遊び” は大切なんだと思います。

レールもそうですが、人間同士も “遊び” がないとどうしても息苦しさを感じます。

 

「 ノーベル賞 」

ダイナマイトを発明したスウェーデン人、アルフレッド・B・ノーベル は巨万の富を築きますが、発明したダイナマイトがその後戦争利用されるようになります、自分の発明が人の命を奪うことに心を痛めたノーベルは遺言の中で「基金を設立し、その利子を毎年、その前年に人類のためにもっとも貢献をした人に賞として与えるものとする。」と書いています。これを基にノーベル財団が設立され、5つの分野(物理学、化学、医学/生理学、文学、平和)に分けてノーベル賞が作られました(1901年)。その後(1969年)、経済学賞が加わって、現在は6つの賞があります。(島津製作所HPより)

 

「 アルツハイマー  」

2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは今年、わずか0.5mLの血液からアルツハイマー病変を超早期に検出するという凄い技術を島津製作所と国立長寿医療研究センターが確立し、英科学誌Natureオンライン版に掲載されました。

血液から検出するのはアミロイドβというたんぱく質で、アミロイドβはアルツハイマー病を発症する10~30年前から脳内に蓄積し始めるとされるたんぱく質です。質量分析技術を応用することで、より正確により安く脳内に蓄積しているアミロイドβの量を推定することができる、ということで増え続ける認知症の予防になれば期待されています。

 

そんな田中耕一さんが言われていることの中に「失敗」に関することがあります。

英国は「失敗」に対する考え方が日本と根本的に異なっている。日本では製品開発で完璧を目指す。英国は,「人間は完璧ではなく,失敗する生き物である。だから新製品も初期はトラブルがあっても仕方ない」という認識がある。

新しいことに挑戦する場合は失敗がつきもの。失敗を重ねても挑戦し続けることが大事。そのためには,「減点主義」ではなく,褒めて育てる「加点主義」を採用する必要がある。と言われています。

 

「 100歳のちはやふる 」

 

「もう耳が遠くて読み手の声もよく聞こえないし、目も悪くなっちゃって札もよく見えないのよ、嫌になっちゃうわよ」

 先月末に高知県でお会いした、百人一首の競技かるたをされている100歳の女性の言葉です。
目上の人に言うことではないですが、とっても可愛らしいと思える魅力的な方です。
 
若い頃と比べると昔より無理がきかなくなったり、体力に衰えを感じることがあります。どうしても歳をとることを否定的に悲観的にとらえてしまいがちですが、マイナスばかりではなく、逆にプラスになることも多くあると感じさせてくれる高齢の方はたくさんいらっしゃいます。
超高齢社会の問題点を考えるだけではなく、超高齢社会ならではのプラスになることを探していくことも大切なことだと思います。
 

田中耕一さんがノーベル賞を受賞された2002年に行われた「ノーベル賞100周年記念国際フォーラム」においてノーベル博物館の館長のスヴァンテ・リンクヴィストさんの講演がありました。

過去100年間にわたるノーベル賞受賞者について最も詳しく知る1人でもあるスヴァンテ・リンクヴィストさんよると過去の受賞者のように創造性を発揮するには、なにが必要か?ということに対して


「勇気」「挑戦」「不屈の意志」「組み合わせ」「新たな視点」「遊び心」「偶然」「努力」「瞬間的ひらめき」の9つを必要だとしています。

 

足りないことは何なのか?欠点を探すのは難しいことではありまんが、良さを探すのは簡単ではありません。違うものを排除するとか、出来ていないことを責めるようなやり方は可能性を小さくしてしまう気がしてなりません。

 

この拙いブログも形を変えて続けていく予定ですのでまたよろしくお願いいたします。

そしてシニアの方の自立を学ぶちゃんとちゃんとの学校のシーズン2の開催が決まりましたので、またお知らせさせていただきますのでよろしくお願いいたします!

 

 

『 100歳図書館 』

5.6人がかりで椅子の下を覗き込み、トイレに行き、何度もカバンの中やポケットに手を入れて探してみるけどなかなか見つからない。

健康教室に来られている70歳の女性が自転車の鍵がないからと言ってあたふたしている、健康教室のスタッフやその女性のお友達と一緒になって自転車の鍵を探すがなかなか見つからない。

しばらくして鍵を無くした女性が「ああ!!」と叫びました、徐々に増えていった “鍵探し協力隊” が一斉に注目すると「私、今日歩いて来たんだった!」と言って、みんな吉本新喜劇みたいにずっこけたことがあります。

こういう “もの忘れ” がいずれ認知症になるんですよっという話ではなくて、シニアの方の思わず笑ってしまうような笑い話が、また笑い話だけではなく、なかなか聞けない昔の話も私は大好物です。

シニア世代の方々と毎日のようにお会いしているとよく色々な話を聞かせてくれます。もちろん同じ内容を繰り返し果てしなくしゃべる方に当たった場合の苦しみや、正直意味が分からないまま聞き続けてしまって急に質問されて焦ってしまったり、またブログには書けないような下ネタもあったりですが、テレビに出てる最近の計算されたお笑い芸人よりは、やっぱり実体験に勝るものはないと思うほどシニアの方の話は面白いと思います。

 

「 ワールドカップ 」

私はサッカーが大好きなので、ワールドカップの時期は楽しい寝不足です。サッカーのレベルとしてはクラブチーム同士の試合の方が上ですが、国を背負って戦う代表同士の真剣勝負は別の意味でサッカーの楽しさが見れます。日本は世界の強豪国と比べると歴史が浅いのでこれから試行錯誤して強くなっていく途中だと思います、海外のいい監督を連れて来たからと言ってすぐに強くなることはなくてたくさんの経験と失敗が必要だと思います。

「 サッカーも変わる 」

今大会から取り入れられたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の導入によってレフェリーの死角で起こるような曖昧だった判定をリプレイで振り返り誤審を防ぎます、今までのような誤審が減れば、あのマラドーナの神の手や韓国が準決勝にいくようなことはなくなるのではないかと思います。

今回はそれ以上に試合に影響を与えるかもしれないことが、ベンチに電子機器(タブレット)を持ち込みが可能になったことだと言われています。タブレットで通信も出来るのでベンチ外で試合を分析しリアルタイムに相手の戦術を分析したり、対策が出来るようになります。今後この精度は上がり続けますから、人ではなくAIが適切なシステムや選手選考までするようになると今のような監督は必要なくなる可能性すらあります。

 

「適当の魅力」

サッカーだけに限らず様々な分野で合理化が進んでいるわけですが、そんな時代だからこそアナログな人間的なことが恋しくなります。誤審も含めてサッカーだし、人がプレーしているサッカーを機械が裁くのはいかがなものかと言ったと思えば、ひいきのチームが誤審で負けたりするとやっぱりビデオ判定がいいといったりするのが私で、めちゃくちゃで人間的だと勝手に思っています。

 

「 100歳図書館 」

高齢者の方々のなんてことない話で勇気をもらうこともあります、また経験してきたことだからこその言葉には深みがあります、有名じゃなくてもその人それぞれの人生には多くの出来事があり、その話が人を笑顔にしたり、元気づけたり、新しいヒントになることもあるはずです。情報だけならいくらでも発信出来る時代ですが、その人に直に会って、同じ空間で話を聞くことによって感じられることは貴重な体験だと思っています。また若い世代の人がそういう体験をすることはより重要です。

プロジェクトのプロデューサーの幸田さんと話をしていて、高齢者の方がまるで図書館の本のような、そしてその図書館の本を楽しみに読みに来る人がいる空間を『100歳図書館』としてプロジェクトでやっていけたらといま計画しています。

テーマに沿って話をする高齢者の方にも、話を聞く方にもやりがいや、喜びや、学びがある気がします。

またお知らせしていきます。

 

いま6/18、9:35の新大阪駅で電車が動き出すのを待ちながらこのブログを書いています。7:58に起きた震度6の地震の影響で交通機関がストップしています。詳しくはわかりませんが少しでも被害が少なくすみますように

 

 

『 予測 』

あっという間に5月も終わろうとしていますが、GW前から公開されている『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』が全世界での興行収入が約18億1300万ドル(約1994億3000万円)を突破しました。

映画好きな人からすると、好き嫌いがあるタイプのいかにもアメリカらしい、ハリウッドらしい映画ですが、アメリカの人気漫画雑誌 “マーベル・コミックス” に登場するヒーロー達が協力して地球を救うというストーリーで、今までのマーベルの20本近い映画作品にもこの映画に向けての多くの伏線があり、またハリウッドの大物俳優を何人も起用し、世界中の優秀なスタッフを集め、CGを駆使して作られた映像はすごいです。仕事をサボって公開初日にIMAXで観た感想は “凄い” の一言です。日本ではマネ出来ないような巨額な費用をかけたド派手なSF超大作です。

「正義とは?」

アベンジャーズはシリーズもので、今回はシリーズを通しての一番の強敵サノスがいよいよ登場します。サノスのやろうとしていることは“宇宙の生命を半分滅ぼす”ということ、それは宇宙の人口増加問題によって食料危機などがおき、将来的には宇宙の生命が滅んでしまうということが予測されるからだという。つまり彼が行っているのは、大きな意味での「正義」だという理論です。サノスを見ていると「正義」という言葉の怖さと、その強大なパワーと風貌がどこかの国の大統領をモデルにしているのではないかと思ってしまいます。

「3500万円のスーツ」

5月9日、アベンジャーズがスタートするきっかけにもなった映画『アイアンマン』でロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スタークが着用した”アイアンマンスーツ”が盗まれる事件が発生したそうです。盗まれたのは、2008年に公開された映画『アイアンマン』で、ロバート・ダウニー・Jr.が着用したオリジナルのアイアンマンスーツで価格は3500万円にもなるようです、1000分の1ほどのスーツで戦っている自分を褒めてあげたい気にもなります。

 

 

 

「 ダービー 」

予測といえば競馬ですが、5月27日には第85回の日本ダービーがありました。ダービーは2015年に生まれた3歳馬6955頭の頂点を決めるという騎手や調教師、馬主や生産者も競馬ファンにも、全ての競馬に関わる人にとって特別な思い入れのあるレースがダービーです。

そしてそのダービーを勝ったのはワグネリアンという馬です。騎乗したのは今回が19回目の挑戦だった福永祐一騎手です。福永祐一騎手の父は、伝説的な天才騎手の福永洋一元騎手です、レース中の落馬事故で半身不随となり騎手を引退し車椅子の生活になります、事故当時2歳だった福永祐一騎手は母から「父の1番勝ちたいレースはダービー」という言葉を聞き騎手になり、今回見事に父が1番勝ちたかったダービーを勝ったわけですからドラマチックで素晴らしい、そしていつものように馬券は外れましたが、いつにも増して感動的な東京優駿でした。

 

 

「 釧路 」

北海道の釧路にいます、さすがに北海道はまだ涼しく気持ちのいい気候です。釧路は釧路湿原やマリモの阿寒湖で有名ですが、海に面して魚が美味しかったり、鳥の唐揚げのようなザンギの発祥の地としても知られている人口が道内第5位という釧路市です。

その釧路市にある取引先から依頼された健康教室の会場にはこんな紙が貼ってありました、数字を見るとより身近な問題として考えられると参加者の方々が作ったようで、いいことだなぁと感心しました。

釧路市から全国に目線を変えると、昨年の敬老の日の前に総務省が発表した「統計トピックス」によると65歳以上の高齢者が3514万人、そのうち80代以上が1074万人、つまり高齢者の3人に1人が80歳以上。また70歳以上が総人口に占める割合が19.9%、5人に1人は70歳以上というのが現状です。

 

「 未来の年表 」

河合雅司さんの著書『 未来の年表 2 』では一作目よりも、より日常生活に近い具体的な未来の予測が書かれています。少子高齢化の問題から、鉄道路線がどんどん廃止されたり、ガソリンスタンドが消えたり、空き家が増え街がスラム化するなど、色々な角度からの日本の未来が書かれています。

ちょうどこのブログを書いている時に神奈川県茅ヶ崎市で90歳の女性が横断歩道を渡っていた男女4人をはね、女性が1人死亡するというこニュースがありました。

このニュースを見て思い出したのは、先日お会いしたプロジェクトに協力いただいている小説家の椿姫よよこさんの言っていた話です。(ちなみによよこさんの著作『日の出診療所、外来・望月です!』はご自身が診療所で働いていたからこそ書けるリアルな内容で勉強になりますが、すらすらと読めて、なによりとっても人間味あふれるおすすめの小説です。)

 

よよこさんのお父さんが車の運転が大好きで、高齢になった今もなかなか免許証を返納してくれないという話です。運転をする仕事に就いていたので運転には自信があるからこそプライドも高く運転をやめてくれないと、よよこさんはお父さんの気持ちも分からなくはないけど、もし事故を起こしてしまったら自分達だけの問題ではなく取り返しがつかないと言っておられたのを思い出しました。

これから高齢ドライバーが増えていくのも身近な未来です。

 

「ダチョウの平和」

危険が差し迫ると頭を穴の中に突っ込んで現実を見ないようにする様を指した比喩なんだそうです。どうしても嫌なことは見て見ぬ振りをしてしまいがちですが、まずは良いことも悪いことも含め現実を見つめることができないと予測が出来ないと感じる『 未来の年表 2 』でした。

 

「 アベンジャーズ 」

アベンジャーズに登場するキャラクターはアイアンマンもキャプテンアメリカもマイティソーもそれぞれが違う映画に出る主役です。

その主役達が巨大な敵に対してそれぞれの映画を飛び出して力を合わせて戦います、それは大きな問題に対して立場を超えて力を合わせていかなければならないという日本の抱える高齢化の問題にも当てはまると思います。それぞれの仕事をしながら、高齢化問題に対しても力を合わせて職種や立場を超えて繋がることが大切なことだと思います。

シニアの自立を支援するそれぞれの分野のスペシャリストが集まるチャントチャントプロジェクトは高齢化問題に対するアベンジャーズになれるはずです。

 

 

『 身近な人ほど言えない言葉 』

5月4日、アメリカのウィスコンシン州フォンデュラクのドン・ゴースクさんが地元のマクドナルドで3万個目になる”ビックマック”を食べたようです。1972年5月17日からビッグマックを1日平均2個、食べ続けているドン・ゴースクさんは「ビッグマックを世界で最も多く食べた人間」としてギネスにも登録されています。

毎日そんな食事をして大丈夫かな?と心配ですが、64歳のドン・ゴースクさんは肥満でもなくコレステロール値も正常で健康そのものなんだそうで、正直びっくりです。またビッグマックの考案者のジム・デリガッティさんも98歳まで生きたようで、健康や長生きというのは食事だけではないということでしょうか。

ビックマックを初めて食べた日からこれまでビックマックを食べなかった日は2日だけ、旅先でどうしてもマクドナルドが無かった日と、母親が亡くなった日だということです。

 

 

『健康は難しい』

 

” 長生きするために煙草も酒も女もやめた男が、他に何をすればいいかと医者に聞くと、医者はそんなつまらない人生、長生きしていったい何が楽しいの?と逆に男に聞き返す “

そんなアメリカのジョークがありますが、なかなか分かっているようで分かっていないのが “健康と長生き” なんだと思います。

 

「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるノーベル賞のパロディーである ” イグノーベル賞 ” を受賞した心理学者リチャード・スティーヴンズ(Richard Stephens) さんの著書『 悪癖の科学 』によると人間の悪い癖も実は意味があるということが書いてあります。翌朝が大事な会議でも深酒したり、人間はなぜ世間が眉をひそめるようなことをついやってしまうのかと、そして一部の悪癖には隠れた効用があることを示す研究成果の数々を紹介していて、悪い癖も身体にとって良い場合があるとユーモアたっぷりに書かれているこの本を読むと、改めて健康を左右する要因は様々だと思います。

 

『母の日』

 

母の日には、日頃なかなか伝えることができない感謝の気持ちを伝えることが大切ですが、どうも苦手です。身近な人ほど言葉に出して感謝の言葉を言うのが恥ずかしいのと、別に今言わなくてもそのうち言えばいいでしょうと思ってしまい、久しぶりに実家に帰り花だけは渡せましたが、その言葉が結局なかなか伝えられません。いい歳になって情けない限りです。

 

先週たまたま仕事で神戸に行く機会があり、子供の頃よく親に連れて行ってもらった神戸の王子動物園に立ち寄りました。動物園といえば地元の宝塚ファミリーランドか王子動物園でしたが、王子動物園は子供は無料だったり動物がたくさんいて、よく連れて行ってもらったのを覚えています。

自分の子供を連れて行ったこともありますが、今では自分の子供とも動物園は行かないので、親子の時間はあっという間に過ぎるもんです。

 

 

誰にも同じように時間は過ぎますから、家族もずっと同じようにはいかないわけで、僕のまわりにも母親が認知症になって大変な苦労をしている人もいますし、親を介護することになって実家に戻った友人もいます。そう考えると、親が元気なうちに感謝を伝えておくことは改めて大切だと思います。

久しぶりに実家で食事をしたときに父が「死んだらなんにもないとつまらん、死んだ後にちょっとくらい楽しみがあればいいけど」といい、母が「お父さんは一番長生きだから」となんだか噛み合ってるのかよくわからない会話がありました。

高齢になった親に望むことは、少しでも長生きして元気でいてほしい、ただそれだけですが、そのためには食生活だけではなく様々なことが関わっているようです。

『変わる』

時間とともに変わるのは自分自身だけではなく家族をはじめ自分の周りにいる人も変わります、子供が大きくなり家を出たり、仕事をリタイアして仕事仲間と疎遠になったり、また離れ離れになったり、ずっと会えなくなったり、人と人とのつながりが減っていくのを感じたり、別れを経験することは悲しいことだと思います。

ただ出会いの数以上は別れは来ないので、その分多くの素晴らしい出会いがあったわけです。時間は戻りませんが、若い人は前を向いて進むべきですが高齢者の方は振り返ることも時にはいいことだと思います、昔のことを思い出したり、誰かに話を聞いてもらうことは老後を元気で過ごすための栄養にはなるはずです。

 

いま『利己的な遺伝子』という本を読んでいます、40年以上も前の本で、読み始めたばっかりですが、“集団の利益になるような利他的な行動も、それは自らの遺伝子の存続に有利に働くという理由からだ”ということが書いてあり、かなり面白くて、そしてぶっとくてなかなかの強敵です。

人間は遺伝子の乗り物のようなもので、人間の身体は無くなったとしても親から子、子から孫へ遺伝子は繋がっていきます、一時的なブームはすぐに終わります、ただ遺伝子のように時間を超えて残っていくようなものもあります、そんな長く続けていきたいと思えるような、高齢者の自立に関わるプロジェクトでありたい、そしてそのきっかけになるような企画をスタートをしていく予定です。

 

最後に母の日に言えなかった言葉を書かせてください。

「産んでくれて、苦労して育ててくれてありがとう、これからも元気でいてください。」

 

『 生きる理由 』

奄美大島からJACの飛行機で10分ほどで到着する喜界島は “何も無くて素晴らしい” とtripadvisorでも評判の1周48キロほどの小さな島です。

島の大半が隆起サンゴ礁で出来ている喜界島は島一面にサトウキビ畑が広がり、そのサトウキビから作られる黒糖や黒糖焼酎でも知られています。

 

その喜界島で1900年8月4日に生まれた田島ナビさんが今月の21日午後7時58分に、老衰のためお亡くなりになりました、19世紀から21世紀まで生きてこられた117歳8ヶ月は世界最高齢でした。

1900年というと、ナチス・ドイツから迫害されていた多くのユダヤ人を助けた”東洋のシンドラー”と言われた外交官、杉原千畝(すぎはら・ちうね)、スポーツメーカーのアディダスの創業者アドルフ・ダスラーが生まれた年になります。ウォルト・ディズニーが1901年生まれなので田島ナビさんはウォルト・ディズニーの先輩になるわけです。

また1900年にはパリ万博が開催されエッフェル塔が建設されたり、伊藤博文が内閣総理大臣に就任、日本初の自動公衆電話の設置されたり、また翌年の1901年にノーベル賞が創設されるなど歴史を感じます。

 

AFP通信によると、4月16日、メキシコの南部チアパス(Chiapas)州の州都トゥストラグティエレス(Tuxtla Gutierrez)にある高校にグアダルーペ・パラシオス(Guadalupe Palacios)さんという女子高生が初登校したとニュースになりました、年齢は96歳です。

貧しい家庭に育ち学校には通えなかったグアダルーペ・パラシオスさんは、92歳になったときに読み書きの勉強を学び始め、中学校の課程まで修了し、そして96歳の女子高生が誕生したようです。幼稚園の先生になることが夢なんだそうです。

 

『命をつなぐ』

サーモンミュージアムによると、サケは産卵期を迎えて川を遡上すると、オスとメスがペアになって川底を掘り産卵床を作ります、それからメスが体を震わせながら卵を産み落とし、寄り添うようにオスが放精し、また卵を埋めるようです、これを3〜5回繰り返して、メスは産卵床を守りながら、オスは他のオスが近寄らないように守りながら死んでいきます。交尾を済ませると”死ぬスイッチ”のようなものが入って死ぬようです。そして親の死骸がこれから卵が育つ川の栄養になるわけです。

他にも交尾を終えると死ぬ生き物が多くいます、カマキリが交尾の最中にメスがオスを食べるという話は有名ですが、それもメスが産む卵により栄養を届けるためのようです。人間で良かったと思える瞬間です。

生きる理由のひとつは、命を繋いでいくことなんだと思います。

またメスがこのオスとは交尾をしたくないという場合に、追いかけてくるオスに対して、空中から墜落して死んだフリをするルリボシヤンマというトンボもいるようです。オスからすると、なにもそこまでやらなくてもと思いますが、これもより良い命を繋いでいくためなんだと思います。

 

『生きる理由』

柳澤桂子さんの著書『われわれはなぜ死ぬのか?』によると

女王蜂は交尾を繰り返し500万もの精子を体内に蓄え、それを受精しつくすとオスに殺されるという話や、メタセコイアという木は分裂組織の増殖能力が無限で、つまり樹齢に関わらず老化しない、死なない木だったり、興味深い内容です。

DNAでは死がプログラムされていて赤ちゃんが生まれる10ヵ月も前から、つまり受精の瞬間から死に向かって進み始めていると考えるようです。赤ちゃんが大きくなって、そのうち大人になり、さらに時が進み老化が始まると思いがちですが、実際には老化は受精した瞬間から始まっていることになるんだそうです。

ただ単に死に向かっているだけではなく、たった一つの受精卵が60兆もの細胞になり、脳が発達し、喜怒哀楽を感じ、考え、学習すると考えると、子供の頃は果てしなく長く感じ、今はそんなに長くはないと思うこの “生きている時間” がより大切に感じます。

 

『死は生の終着点のように思われているが、決してそのようなものではない。死は生を支え、生を生み出す。受精の際には、たくさんの精子が死に、残された一つの精子によって生命が誕生する。一つの生のためにおびただしい数の死が要求されている。死は生とおなじようにダイナミックである。
生命の歴史のなかでは、生と死はおなじ価値をもつ。生きている細胞より、死んだ細胞の数の方がずっと多いという意味において、それは死の歴史であるともいえる。36億年の生命の歴史のなかに編み込まれた死を避けることはできないし、それは避けてはならないものである。死によってこそ生は存在するのであり、死を否定することは生をも否定することになる。』

 

とてもとても考えさせられる『われわれはなぜ死ぬのか?』でした。

 

 

『サンゴ』

サンゴは植物のようで動物ですが、寿命が長く500年から1000年、徳島県にある直径10メートルにもなる「千年サンゴ」は1700年くらいは生きているのではないかといわれています。

田島ナビさんはそのサンゴで出来た島で117年もの生涯を終えられたわけですが、田島さんには2011年の段階で子供が9人、孫が28人、ひ孫が56人、玄孫(やしゃご)が35人いたそうで、2015年には玄孫の子を来孫(らいそん)というようですが、その来孫を含めると140人以上にもなるようです。あらためて多くの命を繋いで来られた田島ナビさんの凄さを感じます。

生き物には当たり前のように寿命があり、36億年もの生命の歴史と同様にいつかは死ぬ運命ですが、人間は子供を産んだ後も長く生きる珍しい生物です。

もしかしたら生きている理由は、他にもあるのではないかと思えて仕方がありません。

『 モンスター 』

日本の特撮やアニメが大好きな “オタク” でもあるメキシコ人、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』がアカデミー作品賞をとりました。

他にも監督賞、美術賞、作曲賞の最多4部門を獲得したこの映画は、声が出ない女性イライザと半魚人のような不思議な生き物との恋を描いているファンタジー映画です。

1962年のアメリカ、政府の極秘研究所に清掃員として働くイライザがアマゾンで発見された不思議な生き物と出会い、お互い言葉が喋れない2人が手話や音楽やダンスなんかを使いながらあらゆる違いを超えて心を通わせます。全編にわたり綺麗な映像と音楽が続きますが所々に残酷な描写と子供には見せられないシーンがありR15指定です。人間の醜さと怪物のような生き物の心の美しさが印象的な映画でした。

 

『怪物』

“怪物は、不気味な様相の正体のわからない超常的な存在、あるいは、それに比せられる並外れた人間のことである。いずれも英語のモンスターにあたる。”

ウィキペディアにはそう書いてあり、怪物といえばSF映画に出てくるような見るからにという怪物もいれば、ズバ抜けたスポーツ選手に使ったりすることもあります、またモンスターだとゲームの敵にも、ワガママな親にも使いますし、様々な使い方をしているもんだと思います。

 

『恐れの正体』

得体の知れないものには、恐怖心と少しの好奇心が湧いてきます。

今の時代は知らないことがあればなんでもすぐに調べる事ができるわけですが、昔はそう簡単には分からないことが多くあったと思います。雪男や口裂け女なんかは昔だからこそ話題になったような気がします。

実体験ではないですが、気軽に知ることが出来るようになってくると、恐れみたいなものも減りますが、同時に未知なものへの好奇心が減るのは少し寂しい気もします。

 

『第一印象』

“人を見た目で判断してはいけない”

とはよく言いますが、わかっているつもりでもなかなか難しいときもあります。それは遠い昔から、危険な動物や見ず知らずの人間から身を守るために、瞬時に危害を加える可能性があるかないかを見極めるために備わったものだからだそうです。

第一印象は結構当たりますが、同じくらい外れます。

一見気難しそうな高齢者の方も実際に話をしてみると、意外とお茶目な一面があったり、おしゃべり好きだったり、第一印象が大きく変わることが多々あります。

 

『ハロー効果』

アメリカの心理学者エドワード・L・ソーンダイクが使い始めたと言われている心理学用語『ハロー効果』の”ハロー”とはイエスキリストの後ろに描かれている後輪や、仏教の後光のことを指し、後ろから輝いて見せている光がその人の評価につながるということのようです。つまり第一印象がその後にも影響するということのようです。

第一印象が良い場合は、見た目以外や、それ以降の行動も実際よりも良く評価することがあり、プラスの評価につながる場合をポジティブ・ハロー、よりマイナスの場合をネガティヴ・ハローというようです。

 

『壁が無くなる』

今後ますます高齢化が進み、高齢者の方々も今まで以上に社会参加されるようになるはずです、例えばボランティアや仕事をするにしても若い人は若い人とだけ、高齢者は高齢者とだけで行うような時代ではもうありません。

僕も取引先の新卒採用で入社したばかりの、20歳くらいの女の子との会話で、ジェネレーションギャップを感じたことがあります。雑談で「イエモン知ってる?」と聞いたら「はい、知ってますお茶ですよね」と言われてそりゃそうだなと思いました。今は”イエモン”といえばイエローモンキーより伊右衛門なんだと軽くへこんだのを覚えています。

 

「18才」と「81才」の違い

【・道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才
・心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才
・偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才
・受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才
・恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才
・まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才
・東京オリンピックに出たいと思うのが18才、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才
・自分探しの旅をしているのが18才、出掛けたまま分からなくなって、皆が探しているのが81才
・「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才、鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才 】

元は笑点のお題だったようですがTwitterで話題になったもので、ひどいことも書いてあり賛否両論あるようですが、よく出来ています。

 

『知ろうとすること』

相手を知ることは大切だと、また知ろうとすることは、相手を理解しようとすることはより大切なことだと思います。

今後の日本はエイジレスな時代になっていくと言われていますが、本当に怖いことは、お互いが知ろうとしないことだと思います。

年代が違うからといって無関心で知ろうとしない人からすれば、誰もがモンスターになるはずです。

『 年齢差別 』

だいたい紅白歌合戦は好きな歌手のところだけを見て、あとは”笑ってはいけない”を見ているここ数年の大晦日ですが、前回はエディー・マーフィーのモノマネをした浜ちゃんが人種差別だと問題になったことがありました。

 

『差別』

差別とは特定の集団や属性に属する個人に対して特別な扱いをする行為のことで

身分差別・部落差別・家柄差別・階級差別・学歴差別・職業差別・人種差別・民族差別・文化差別・言語差別・差別用語・差別表現(ヘイトスピーチ)・地域的差別・地方差・国籍差別・性差別・男性差別・女性差別・LGBTなどの性的少数者への差別・性的指向による差別・性同一性による差別・能力に関する差別・障害者差別・病人に関する差別・村落差別・思想差別・血液型差別・宗教差別・容姿差別・被爆者に対する差別・種差別(ヒト以外の生物に対する差別)・逆差別・・・などなどまぁ、行数を稼ぎましたが、たくさんの種類があります。

 

『年齢差別(Ageism)』

その中でも『年齢差別』という言葉が欧米で注目されているようです。”エイジズム”とも呼ばれ年齢における固定観念による差別のことをさします。

つい最近でもアメリカのIBMの年齢差別による解雇が内部告発され問題になったり、サッカーのプレミアリーグではアーセナルのアーセン・ベンゲル監督が年齢差別の被害を受けていると訴えたとか、なにかと話題になっている年齢差別です。

アメリカでは1967年に法制化された雇用における年齢差別禁止法(ADEA)によって40歳以上に対する年齢差別が厳しく規制されています、例えば面接において年齢を聞くことや、履歴書への生年月日や年齢の記載も、顔写真添付も不要であることが多いようです、またEUでは2006年末すべての加盟国が年齢差別を禁止する法律を制定しました。

日本はかなり遅れている印象があるこの問題は、現実的にはアパートやマンションなども年齢が原因で入居が出来ないことや、仕事の採用においても年齢だけで採用を見送られることもあり、年齢だけで判断されることが海外に比べて多いのが現状ではないかと思います。

 

『定年退職』

日本の定年は60歳というのが主流でした。ただ、現在の日本の年金制度では、60歳からの支給が難しくなった為に定年の年齢は65歳へと事実上引き上げられています。つまり年金制度と定年退職は密接な関係があります。

厚生年金の支給年齢が上がり、2004年に高年齢者雇用安定法が改正されました。60歳の定年の廃止または、65歳定年への引き上げ、65歳までの雇用継続です。そして日本の定年は65歳へと引き上げられました。

“年金の受給が始まる年齢”が”定年退職の年齢”ということが世界でも多いようですが、アメリカやカナダは定年制度そのものがないようです、それは年齢を理由に働く権利を奪うことが許されない”年齢差別”になるという考えがあるからのようです。

世界的に高齢化が進む中、2011年にイギリスは定年制度を撤廃しました。年金支給年齢を65歳から68歳に徐々に引き上げていくことが決まっていたり、年金の財源不足や高齢化などが原因です。年齢にとらわれずいつまでも働きたい人もいれば、老後はゆっくり過ごしたい人もいるわけで賛否両論あるようですが、イギリス以上に高齢化が進んでいる日本は同じような道を進むことになるのではないでしょうか、無い袖は振れないわけです。

 

『スーパーシニアの時代』

日本でも健康寿命を延ばすことは大切だということが盛んに言われているわけですが、たとえ健康寿命がのびたとしてもそれだけで問題が解決した訳ではありません。健康なシニアが日々の生活を過ごすだけでも社会保障制度だけではカバーしきれなくなるとすれば、自分の老後は自分で頑張るしかないという時代がもう来ているわけです、私はそれがなんというか、より良い形であるといいなぁといつも思っています。

もちろん年齢と共に病気になりやすくなりますし、介護の必要な方などは難しいとしても、元気なシニアの方々も多くいらっしゃいます。

そういう方々が年齢にとらわれず自分の出来ることや、自分のやりたいことを通して若い世代の人達や、社会と関わっていく、それは自分の為でもありますが、自分の子供や孫の世代まで含め、社会全体を考えるとても大切なことだと思います。「もう散々働いたんだからゆっくりさせてよ」という声もありますし、よく気持ちも分かりますが、これからは年齢に関わらず自ら好きなことを頑張って社会貢献出来るような”スーパーなシニア”が日本を救うはずだと思います。

 

『100歳の少年』

映画『100歳の少年と12通の手紙』は10歳であと12日しか生きれないことを知る、オスカーという白血病の少年の物語です。1日を10年と考えて生きていく少年はその残されたわずかな時間で恋をして結婚し老後を迎えます。

“何歳だからこうであらなければならない”なんて考えることはバカバカしいと感じる映画です。残された時間は人それぞれですが、どう過ごすのか、誰のために生きるのか?

残された時間にそういったことを考えてみるのも悪くないと思います。

 

 

『 進化論 』

ひどく気分が落ち込んで、なかなか思い通りにならないときは、そしてその状態が長く続いているときは、それは何かを変えないといけない時なんだと思います。

やろうとしていることや、周りの環境を変えてみるといいのかもしれません。
自分のやりたいことが出来ないなんて、考えの合わない人とずっといるなんてまっぴらです。

 

『進化?』

“最も強いものが生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。”

あのダーウィンの言葉です。

キリンの首が長いのは、高い枝の葉を食べるために徐々に伸びたなんて話は、嘘くさいですが、もし本当ならばすごいもんだと思いますし、またそんなにこだわらなくても他に方法があったでしょ?と思います。
実際はたまたま首が長いキリンがいてそのキリンだけ生き残っているということのようです。

“オオシモフリエダシャク”という蛾がいます。この蛾は白いタイプと黒いタイプに分かれますが、
産業革命の19世紀のイギリス、大気汚染により黒くなった街では白いタイプの蛾がかえって目立ってしまいその数が減り、黒くなった街に対して黒い蛾がはるかに多く見られるようになった。
しかしその後、汚染防止法により街が元の姿を取り戻すと今度は黒い蛾が少なくなったという話があり、私は記憶にないですが高校の授業でどうやら習ったようです。

 

変化に対してついていけなくなったものは、生き残ることが出来ない、つまり自然淘汰のことを先ほどのダーウィンの言葉は言っているようです。

 

サッカーが好きな私は、子供の頃に海外サッカーが見れるという理由でベランダに中華鍋みたいなアンテナをつけて衛星放送を見ていました、最近はあまり見ないですが昔は屋根を見たらBSアンテナだらけだった気がします、それからWOWOWや、スカパーがサッカー好きには必要になり、今ではもうDAZNですから目まぐるしく変わるのはどの分野でも同じなんだと思います。

 

どんどん変わる時代に必要なことは、常に変わります、一つではないたくさんの正解があり、不正解も正解の場合があったりと、なかなか大変な時代にいるのだと日々感じています。

 

 

 

『姥捨て山』(うばすてやま)

 

楢山節考でおなじみの『姥捨て山』は棄老伝説をもとにした民話です。長野県千曲市と東筑摩郡筑北村にまたがる標高 1,252メートルの山。冠着山(かむりきやま)がその山になるようです。

口減らしなどの目的で高齢になった親を山に捨てるという、親と子供の話です。この話は様々なパターンがあるようです。

 

1つは「難題型」といってある国の殿様が、年老いて働けなくなった者を山に遺棄するようにというお触れを出す話です。

決まりを守らず親を捨てることができない息子は家に親をかくまう。しばらくして隣国からいくつかの難題が出され、それらの難題を親の知恵によって解決し、隣国を退散させる。老人には長い人生の中で培われた知恵がありその大切さを知った後、老人を大切にするようになった。という話。

他にも「枝折り型」山に親を捨てに背負っていく途中で親が小枝を折っている、不思議に思った息子が親に尋ねると、帰り道に息子が道に迷わないためにしているという理由で、それを知った息子が、自分が捨てられる身でありながら子を思う親心に心を動かされ、親を連れ帰る。という話。

 

他にも様々なものがあり、また海外でもよく似た話があるようです。

 

アフリカでは年老いて目が見えなくなった親を木の下に捨ててハイエナの餌にする、そして親を捨てた自分も年老いて目が不自由になると子供に木の下に捨てられるという話があるようです。

 

民話とはいえ、悲しい話ですが歳をとるのはいずれ皆通る道で、また長い人生で培われた知恵は若い世代にも大切なんだということだと思います。

 

超高齢社会のいま、多くの企業が高齢者向けの商品の開発や、高齢者向けの様々なサービスを開始しています。ただ高齢者を消費者としてみるだけでは多くの問題は解決しないと思いますし、そういう見方を始めてしまうと高齢者の消費力が低下したらいったいどうするんでしょう?

 

 

『シニアの可能性』

本来は高齢者の方々の可能性をもっと見つけていくことが大切なんだと思います。

高齢者の方々は長い経験から様々な知恵や特技を持っています、それが仕事になるのか?どれだけ必要とされているのか?もしそれが誰かの役に立つことがわかれば、それをつなぐお手伝いが出来れば誰もが必要とされるはずです。

『シーズン2に向けて』

進化は自然淘汰でもあり、また変化に対応できないと生き残れないということですが、高齢者の方々が今までの経験を活かして社会の役に立ち、若い人達に刺激を与え、年齢の枠を超えて社会全体を元気にしていくような”進化”がこれからは必要で、そうしなければ乗り越えられない時代になっている気がします。

シニアの方々が消費者としてではなくて、社会の主役になれるものをプロジェクトを通して発信していきたいと考えています。

 

“どうすれば儲かるか?”だと本当にいいものは出来ないような気がします、やっぱり素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから好きなものを作ろうと思っています。

『ちゃんとちゃんとの学校』はシーズン2、新たなスタートに向けて準備をしております、またお知らせさせていただきますのでよろしくお願いいたします。