『 連鎖 』

去年の今日は宮崎にいました。取引先と食事中に激しい揺れがありそれが熊本の地震でした。宮崎でもかなり揺れていて急に酔いがさめたのを覚えています。大きな揺れが何回かありそれからも小さな余震がずっと続いていました。翌日に別府まで行きそこでもまた地震が続いていて数分毎に揺れがありかなり気分が悪くなりました。

 

私は兵庫県の宝塚市出身で阪神淡路大震災の被災者です、朝5時でもちろん寝ていたのですが地面の奥のほうから鬼が太鼓を叩いているみたいなドンドンという音がして、すぐにまるで洗濯機みたいに揺れました、ベッドにしがみついていないと振り落とされるような揺れと木造の家が軋む音がしてこの揺れが止まると、シーンとしました。その瞬間は死ぬと思いました。家がドリフみたいにバタンと倒れてしまうと思いました、私は2階にいて残りの家族は1階にいたので家族のことも心配になり、『頼む倒れないでくれ!』と歯をくいしばり縮こまっていました。しばらくして倒れないことがわかったくらいに父親の「大丈夫か!」という声がしたと覚えています。

屋根は崩れて家の中はメチャクチャになり、小学校の体育館に避難しました。体育館にビニールシートを敷いて家族でギュウギュウ詰になりながら座りました。テレビが置いてあり神戸の燃え盛る街が映っていました。すぐに電気は復旧しましたが水道とガスがなかなか復旧しない状況で、特に水道が流れない小学校のトイレは悲惨でした。

徐々に復旧して1週間ぶりぐらいにシャワーを浴びたときはドンドン黒い汚れたお湯が流れていったり、少しずつ元の生活に戻るようになっていきました。ただまわりには家族や家がなくなってしまった人もいてどうしようもないこともあるんだなと思っていました。

当時大学1年生だった私は年の離れた弟と一緒にいました。避難先の体育館で弟が「腹減ったよ」と言うのですが渡す食べものもないので「我慢しろ!」と言っていると見ず知らずの女性がラップに包んだ海苔がないおにぎりを差し出してくれたことが忘れられない思い出です。その方も食べてないのに、、震災のなかとても感動しました。自分もそういう人でありたいと強く思いました。

ドイツの香川真司選手の所属するサッカーチーム、ボルシア・ドルトムントの選手達を乗せたバスがイスラム過激派とみられる2人によるテロに合いました。そして今朝のニュースでアメリカがアフガニスタンのイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に非核兵器では史上最大の爆弾を投下したと報道されていました。

悪いことの連鎖はなかなか断ち切ることが難しいことなのかもしれません。

ただ良いことも連鎖するものだと思います。そういうことが出来るようなプロジェクトにしていきたいと思います。

一年はあっという間ですが、地震の影響はなかなか消えません、少しでも早く元気になれますように。

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